特大の爆弾
中華国からの第一陣となる緊急支援物資が到着し、首都の機能が辛うじて息を吹き返したことで、共和国は一時的な落ち着きを取り戻しつつあった。
「ふははっ! 見ろ、この中華国の最新鋭の銃火器を! 缶詰の山を!」
宮殿のバルコニーから支援物資を積んだトラックの列を見下ろし、独裁者フーニンは狂気じみた高笑いを上げていた。
経済は破綻し、国民は闇市で泥水を啜って生きている。だが、彼にとって「国家」とは自分と軍隊のことだった。軍を維持するだけの物資さえ中華国から引き出せれば、国は機能しているも同然なのだ。
「奴らの偽札工作には肝を冷やしたが、結果として最強の後ろ盾を得ることができた。辺境伯の奴らとて、先の戦闘で無傷なわけがない。このまま中華国の物資で軍を再編し、今度こそ奴らの領土を火の海にしてくれる!」
再侵攻の野望に目を血走らせるフーニン。
だが、彼は全く理解していなかった。次男クロードが仕掛けていた最も冷酷な『劇薬』が、今まさに国境を越えて押し寄せてきていることに。
◆
辺境伯領、執務室。
「クロード様。追撃戦の際、あえて敵の残存兵を深追いせず、命からがら逃がした理由はこれでしたか」
元・暗殺部隊のキースが、国境付近の偵察報告書を机に置きながら感嘆の息を漏らした。
報告書には、武装を解除され、ボロボロになって逃げ帰る数十万の共和国兵の姿が記されている。
「ええ。情けをかけたわけではありませんよ」
クロードは冷たい紅茶を含み、薄く笑った。
「飢えと負傷に苦しむ『数十万の敗残兵』。これほど、食糧難にあえぐ今の共和国にとって致命的な『不良債権』はありません。彼らは飯を食い、怪我の治療を求め、休む場所を必要とする……何より厄介なのは、彼らが『国のために命を懸けて戦った』という自負を持っていることです」
「なるほど。戦力にはならないが、莫大なコストだけを消費する巨大な胃袋、というわけか」
「彼らは今の共和国を内部から食い破る、極上の『劇薬』になりますよ」
◆
数日後。
泥に塗れ、傷だらけになった数十万の敗残兵たちが、這うような足取りで共和国の各都市へと雪崩れ込んできた。
彼らは地獄のような戦場を生き抜き、恐怖の督戦隊からも逃れ、ようやく懐かしき故郷へと生還したのだ。国家のために血を流した彼らを待っているのは、温かいスープと毛布、そして英雄としての労いのはずだった。
だが、彼らの目に飛び込んできたのは、ハイパーインフレによって完全に崩壊し、人々が闇市で物々交換をしている祖国の凄惨な姿だった。
「なんだ、これは……」
「国は俺たちを見捨てたのか……? いや、軍の駐屯地に行けば、きっと……!」
飢えと疲労と負傷で倒れそうになる体を支え合いながら、帰還兵の群れは政府の配給所や軍の施設へと詰めかけた。そこには、中華国から届いたばかりの大量の食料(缶詰や穀物)が山のように積まれているのが見えた。
「頼む! 食い物を……食い物をくれ……っ!」
「傷が化膿してるんだ! 薬を分けてくれ!」
金網越しに血の滲む手で哀願する帰還兵たち。
しかし、特権階級として中華国の支援物資を独占し、丸々と太った政府の役人や治安維持部隊の態度は、氷のように冷酷だった。
「馬鹿者! 貴様らのような無様な敗残兵に食わせる飯などあるか! 散れ!」
「その食料は、これから前線に出る『新しい部隊』のためのものだ! 武器を捨てて逃げ帰ってきた臆病者どもにくれてやる配給はない!」
その言葉は、文字通り帰還兵たちの心をへし折った。
自分たちは、あんな化け物たち(辺境伯軍)を相手に、督戦隊に背中を撃たれながらも死ぬ気で戦ったのだ。その結果が、これか。
「ふざけるな……! 俺の弟は、あの泥沼で死んだんだぞ!」
「少しでいい! パンの欠片だけでも……っ!」
「いい加減にしろ、このゴミどもが!」
怒りと絶望に駆られた帰還兵の一部が、金網をよじ登り、食料の山へと暴徒のように押し寄せようとした。
その報告を受けた宮殿のフーニンは、己の権威を脅かす暴動に対し、余裕を完全に失い、ついに越えてはならない『一線』を越えてしまう。
『――治安維持部隊に告ぐ。政府の施設を襲撃する者は国家への反逆とみなす。躊躇うな、発砲しろ!』
タァンッ! タァンッ!!
乾いた銃声が、飢えた都市に響き渡った。
「え……?」
先頭でパンに手を伸ばしていた若い帰還兵が、胸から血飛沫を上げてゆっくりと倒れ込む。
それを皮切りに、治安維持部隊の容赦ない一斉射撃が始まった。
「やめろぉ! 俺たちは味方だ! 同じ共和国の兵士だぞ!!」
「ひぃぃっ! 逃げろ、殺される!!」
地獄の戦場を生き延びた兵士たちが、帰るべき母国の街で、守るべき母国の治安部隊の手によって虫ケラのように撃ち殺されていく。
血溜まりの中に倒れ伏す戦友の死体を見つめながら、生き残った帰還兵たちの瞳から「恐怖」と「絶望」が消え失せた。
その眼窩に代わりに宿ったのは、政府と独裁者に対する修復不可能な、どす黒い『憎悪』の炎だった。
この凄惨な同士討ちの噂は、瞬く間に共和国全土へと知れ渡った。
国家のために血を流すことがいかに無価値であるか。指導部がいかに冷酷で狂っているか。
ただでさえ闇市で糊口を凌ぎ、不満を爆発寸前まで溜め込んでいた一般市民、そして末端の現役兵士たちの間に、絶対的な『亀裂』が走ったのである。
遠く離れた辺境伯領で、クロードは報告書を炎にくべながら、冷徹な微笑を浮かべた。
「さあ中華国。あなた方が抱え込んだのは、緩衝地帯ではありません。いつ爆発するかわからない、数十万の『反乱軍』を抱えた巨大な爆弾ですよ」
お読みいただきありがとうございました。
もし「面白かった!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、ページ下部にある【ブックマークに追加】や、【☆☆☆☆☆】の評価を押して応援していただけると、今後の執筆の何よりの励みになります!
次回もどうぞよろしくお願いいたします。




