停戦協定決裂
「戦闘に勝利することよりも、戦争を終わらせることの方が遥かに難しい」
古くから語り継がれるその格言の重みを、辺境伯レオンハルトは今、噛み締めていた。
30万を超える共和国軍を完全に粉砕し、辺境伯領から追い出した後。
両軍の国境地帯に設けられた中立の天幕で、ひとつの会談が開かれていた。
連合国側からは辺境伯レオンハルトと西の王オズワルド。そして対するは、共和国の最高指導者である男――フーニン。
だが、天幕を包む空気は、到底「勝者と敗者」のそれとは思えないほど歪なものだった。
「――我が軍の損害など、国家の偉大なる歩みに比べれば些末なこと。現在我々が制圧している周辺諸国の領土を『共和国の正式な領土』として承認しないのであれば、戦争は継続される。以上だ」
交渉の席でふんぞり返るフーニンは、軍を丸ごとすり潰された敗将とは到底思えない、傲慢極まりない態度でそう言い放った。
「貴様……数十万の自国民を無惨な死地に追いやっておいて、まだ他国の領土を貪ろうというのか!」
レオンハルトが怒気を含んだ声で机を叩く。だが、フーニンは鼻で笑った。
「吠えるな、田舎貴族。貴様らは今回『たまたま』運が良かっただけだ。我々のバックに誰がいるか、まさか知らないわけではあるまい?」
フーニンの言葉に、同席していたオズワルド王が、冷徹に瞳を細めた。
「……さらに東に位置する巨大国家、『中華国』のことかな」
「いかにも! 彼らの圧倒的な国力と技術力、そして無尽蔵の支援がある限り、我が共和国は何度でも蘇る! あの銃も戦車獣も、中華国から提供されたものだ。我々に逆らうということは、あの超大国を敵に回すということだぞ!」
狂気を孕んだ眼で勝ち誇るフーニン。
彼がこれほどまでに強気な理由。それは、己の国力の何十倍もの規模を誇る東の超大国・中華国との軍事同盟という「虎の威」があったからに他ならない。
「……狂人に付ける薬はない、ということだな」
オズワルド王が氷のように冷たい声で吐き捨て、席を立つ。
「交渉は決裂だ。我々は決して、恫喝には屈しない」
レオンハルトもそれに同意し、会談は物別れに終わった。
◆
「……やはり、フーニンは強気に出ましたか」
自陣の執務室に戻ったレオンハルトとオズワルドを出迎えたのは、分厚い書類の束に目を通す次男のクロードだった。
報告を聞いたクロードは、微かに鼻で笑い、集めていた情報網の成果を机に広げた。
「父上、オズワルド陛下。ご安心ください。フーニンはとんでもない勘違いをしています。中華国は決して、共和国の『お友達』ではありませんよ」
「どういうことだ、クロード?」
レオンハルトの問いに、若き天才参謀は冷徹に情勢を読み解いていく。
「中華国が共和国に最新兵器を援助し、後ろ盾になっているのは、純粋な『自国ファースト』の思惑に過ぎません。あの超大国は巨大すぎるが故に、常にエネルギーと資源に飢えている。そこで彼らは、急進的な共和国をけしかけて周辺国を侵略させ、共和国経由で『タダ同然の超安値で資源を吸い上げること』を目的としているのです」
「……なるほど。いわば共和国は、中華国にとっての良い『狩猟犬』であり、都合の良い資源の『搾取先』に過ぎないというわけか」
オズワルド王が、クロードの分析に感心したように顎を撫でる。
「その通りです。フーニンは自分たちが対等な同盟国だと思い上がっていますが、中華国からすれば『利用価値がなくなればいつでも切り捨てる手駒』。今回の敗北で共和国の軍事力と経済力が疲弊すれば、中華国は支援を打ち切るか、あるいは支援と引き換えに共和国そのものを借金漬けにして完全に属国化するでしょう」
クロードは、地図上の「中華国」から「共和国」へと伸びる補給線をペンで冷酷に斜線で消した。
「正面から超大国とぶつかる必要はありません。私に考えがあります。中華国に『共和国はもはや投資に見合わない不良債権だ』と錯覚させれば、奴らは勝手に自滅しますよ」
次なる戦いは、物理的な「暴力」から、国家間の「情報」と「経済」を巡る冷酷な知略戦へと移行しようとしていた。
「規格外の武力」で共和国の刃を叩き折った辺境伯軍は、今度は「規格外の知力」で、大国を後ろ盾に驕る独裁者の首を絞め上げようとしているのである。
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