完勝
烏合の衆となった彼らに、再び牙を剥く意志など残されてはいません」
執務室の机に広げた地図の上で、次男クロードが冷徹に駒を動かす。
その予測通り、恐慌状態に陥った共和国軍は、もはや軍隊としての体をなしていなかった。武器や重装備を次々と投げ捨て、少しでも身軽になって逃げ延びようとする無残な敗残兵の群れ。
だが、彼らが逃げ込むであろうルートには、すでに辺境伯軍による手回しが完了していた。
「さあ皆様、馬の乗り換えと新しい武器はこちらですわよ」
長女セリアが、完璧な兵站管理によって前線へと届けさせた新たな騎馬と武具を配備する。さらに彼女は、敵が逃走経路として選ぶであろう主要な街道に、あらかじめ巧妙な落とし穴やワイヤーの罠を張り巡らせていた。
「うわあっ!?」
罠に掛かって足を止められた共和国兵の群れに、背後から追いついた『死神』たちが襲い掛かる。
「あははっ! 逃げ道はこっちじゃないよーっ!」
「さあ、お帰りはこちらですわ!」
ルイーザとミラの大剣母娘が、退路となる細い谷間を塞ぐように立ち塞がっていた。二人が大剣を振るうたびに巨大な樹木が薙ぎ倒され、岩が砕け散って、物理的な「壁」が形成されていく。行き場を失い、押し合いへし合いになった敵兵の密集地帯へ、二人は嬉々として飛び込み、凄惨極まりない作業を再開した。
一方、なんとか部隊の統制を取り戻そうと足掻く共和国の将校たちもいた。
「落ち着け! 陣形を立て直せ! 密集すればまだ戦え――」
必死に声を張り上げた大隊長の喉に、音もなく飛来した一本の銀閃が突き刺さる。
「ガッ……!?」
「指揮系統の修復はさせない。頭から潰すのが戦の基本だ」
静かに呟くキースの手元から、次々とナイフが放たれる。伝令係、小隊長、指揮を執ろうとする者から順に急所を正確に撃ち抜かれ、共和国軍の統制は完全に崩壊していく。
「キースおじ様、ナイスだ! ――そこぉっ!!」
指揮官を失い、足並みが乱れた敵の精鋭部隊へ、長男ジークが疾風のごとく肉薄する。彼の手にする長槍は、逃げる敵の背中を容赦なく貫き、時には馬上から敵をフックのように引っ掛けて引きずり落とした。圧倒的な機動力と武の才が、再結集の芽をことごとく摘み取っていく。
各所で散兵が狩り尽くされていく中、戦場の最奥。
共和国軍の総指揮官は、数少ない近衛兵の肉の盾に守られながら、無様な姿で泥濘を這いずっていた。
「ひぃっ……! なぜだ、なぜ我が国がこんな目に……っ!」
「他国の領土を土足で踏み躙っておいて、随分な言い草だな」
地響きと共に立ちはだかったのは、大剣を肩に担いだ総大将・辺境伯レオンハルトだった。
「近づかせるな! 撃て! 撃てェッ!!」
指揮官の絶叫に従い、近衛兵たちが一斉に銃を構える。だが、レオンハルトは弾丸を避ける素振りすら見せなかった。
分厚い筋肉と闘気、そして特注の重装甲を身に纏った英雄に、急造の銃弾など通用しない。彼は咆哮と共に大剣を横薙ぎにし、近衛兵たちを盾ごとまとめて吹き飛ばした。
「ヒッ……!!」
尻餅をつき、絶望に顔を引き攣らせる指揮官。
その首元に、いつの間にか背後に回り込んでいた白馬上のオズワルド王が、冷気を帯びたレイピアの切っ先を突きつけていた。
「判決の刻だ。他国の民を殺し、自国の民すらも恐怖で縛り、死地へと追い詰めたその罪――」
飄々とした態度は微塵もなく、そこにあるのは冷酷なる裁判官の顔だった。
「いかなる情状酌量の余地もなし。極刑に処す」
「ま、待っ――」
命乞いの言葉が紡がれるより早く、神速の一突きが指揮官の心臓を正確に貫いた。
戦場に、勝利を告げる角笛が鳴り響く。
敵将は討ち取られ、数万の共和国兵は完全に武装解除され、捕虜として地に伏せていた。
ここに、第二次辺境伯領防衛戦は、辺境伯一家の「個の武力」と「知略」、そしてオズワルド王率いる王国軍との見事な連携によって、完全なる勝利で幕を閉じたのである。
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