殲滅戦
盆地を包囲する王国軍の陣容。その陣頭、美しく輝く白馬に跨り、豪奢なマントを翻す一人の指揮官の姿を見て、辺境伯軍の前衛陣にどよめきが走った。
「……まさか、あれはオズワルド国王陛下か!?」
長男ジークが目を丸くする。彼が知る王は、公式の場でも飄々としていて、有能だが掴み辛いという評判だったはずだ。
だが、後方でその姿を確認した元・暗殺者のキースだけは、面白そうに口角を吊り上げた。
「相変わらず、とんでもなく食えない御仁だ。あの飄々とした態度は世を欺くための被り物……実は底知れぬほど有能な名君さ。一時期は自ら法服を纏い、不正を働く貴族たちを容赦なく裁く『異端の裁判官』を務めていたこともある。法で裁けぬ巨悪は、自らの剣で嬉々として切り捨てる生粋の悪党狩りだ。あの男のレイピアの腕前には、俺ですら舌を巻く」
キースの言葉を証明するかのように、崖上のオズワルド王が動いた。
普段の掴みどころのない空気は完全に消え失せ、鋭く冷徹な眼光で眼下の共和国軍を見下ろすと、腰に帯びた細身の剣を流麗な動作で引き抜く。
「我が誇り高き王国の騎士たちよ! 狂気に囚われ、他国を蹂躙した重罪人どもに、我が剣をもって『判決』を下してやろう!」
オズワルド王がレイピアを天に掲げ、白馬を前へと蹴り出した。
「突撃!!」
王自らが先陣を切るという、常識外れの号令。
しかし、その姿こそが王国軍の士気を最高潮へと爆発させた。
「「「オオォォォォォォッ!!」」」
数で言えば、王国軍は眼下にひしめく共和国軍の半数にも満たない。
だが、疲労困憊で補給も途絶え、弾薬も底を突き、督戦隊の恐怖だけで無理やり歩かされていた共和国軍とは、その「質」が絶対的に違った。
一切の損耗のない無傷の兵装。厳しい訓練によって培われた練度。何より、敬愛する名君と共に巨悪を討ち果たすという高潔な使命感。
山の斜面を雪崩のごとく駆け下りた王国軍が、共和国軍の側面に激突した。
「遅い、遅いぞ! その程度の狂気で、私からは逃れられん!」
最前線を駆ける白馬の上で、オズワルド王のレイピアが閃く。
それはまさしく神速の刺突だった。刃が空を切る音すら置き去りにするほどの連撃が、一瞬にして十数人の共和国兵の急所を正確に貫き、血の華を咲かせる。
一撃必殺。一切の無駄を省いたその芸術的かつ冷徹な「処刑」の剣技の前では、共和国が誇る重装歩兵の鎧すら紙切れに等しかった。
「ひっ……!? な、なんだこいつら……!」
「ば、化け物だ! 辺境伯の奴らだけじゃないのかよ!?」
圧倒的な練度の王国騎士団と、鬼神の如き武威を振るうオズワルド王。
そして正面からは、レオンハルト率いる辺境伯一家の「規格外の暴力」が、容赦なく陣形をすり潰していく。
前門の虎、後門の狼。
極限の飢餓と疲労の中、それでも共和国兵を戦場に縛り付けていたのは「逃げれば督戦隊に殺される」という恐怖だけだった。
だが、目の前で味方が次々とミンチにされ、無傷の王国軍に蹂躙されていく絶望的な光景は、ついにその「恐怖のストッパー」を破壊した。
「む、無理だ! 逃げろォォォッ!!」
「ひぃぃっ! 助けてくれ!!」
督戦隊が逃亡者を撃ち殺そうと銃を構えるが、もはや無駄だった。数万の兵士たちが武器を放り出し、パニックを起こして四方八方へと散蜘蛛のように逃げ出したのだ。逃げる味方の波に飲み込まれ、督戦隊すらも次々と踏み潰されていく。
「陣形が崩壊したぞ! 共和国軍、総崩れです!」
クロードが執務室から持ち込んだ望遠鏡を覗き込み、冷徹に戦況の決定的な変化を告げる。
「よしっ! ここから先は容赦はいらん!」
レオンハルトが大剣を振り被り、敗走を始めた敵陣へ向けて号令を放った。
「全軍、追撃戦に移行しろ! 領地を荒らした代償、きっちりとその命で支払わせろ!!」
「あははっ! 逃げても無駄だよーっ!」
「さあ皆様、極上の狩りの時間ですわ!」
大歓声を上げながら、背を見せて逃げ惑う共和国軍の背中へと襲い掛かる辺境伯軍と王国軍。
膠着し、押し込まれ続けていた絶望の消耗戦は、ついに「反撃」から「殲滅戦」へとそのフェーズを移行した。
泥濘と焦土を踏み越えた先で、連合国軍による追撃戦の幕が切って落とされたのである。
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