王都のフィクサーの本当の凄み
辺境伯領の応接室。上等な革張りのソファにふんぞり返っていたのは、王都から定期的に買い付けにやって来る豪商、ガルドであった。
恰幅の良い体を揺らし、ギラギラと欲望に満ちた目で室内を見回しながら、彼は心の中で舌舐めずりをした。
(ふん、多少頭の回る女とつがいになったにせよ、脳筋で世間知らずの辺境伯だ。今回も適当な理由をつけて、魔石をタダ同然で買い叩いてやろう)
ガルドが卑しい笑みを浮かべていると、重厚な扉が開き、レオンハルトとセレスティアが入室してきた。
ガルドは仰々しく立ち上がり、わざとらしく胸に手を当ててお辞儀をする。
「お久しぶりでございます、レオンハルト辺境伯閣下。本日は魔石の定期買い付けに参りました。……おや、そちらにいらっしゃるのは、噂の『元』公爵令嬢殿ですかな?」
ガルドの言葉には明らかな侮蔑の色が混じっていた。王都を追放された傷物の女など、商人の自分でも見下せる相手だと思い込んでいるのだ。
レオンハルトの眉間がピクリと動いたが、セレスティアは彼を片手で静かに制し、完璧な微笑みを浮かべてガルドと対峙した。
「ええ、初めまして。辺境伯に嫁ぎます、セレスティアと申します。本日の商談は、領主に代わり私が同席させていただきますわ」
「ほう、女だてらに商談の席へ? まあよろしいでしょう。こちらが今回の契約書と、買取金額の目録でございます」
ガルドが自信満々に差し出した書類を、セレスティアは優雅な手つきで受け取り、スッと目を通した。
そして、わずか数秒で氷のように冷たい視線をガルドへ向けた。
「……ガルド殿。高純度の火の魔石一箱につき、金貨十枚。これはどういう計算でしょうか?」
「ははは! さすがは奥様、お目が高い。今は王都でも魔石の供給が過剰でしてね。相場が暴落しているのですよ。私共も赤字覚悟で、特別に辺境伯閣下のために買い取らせていただくわけでして――」
「嘘をつくのも大概になさいませ」
ピシャリと、扇を閉じる甲高い音が室内に響いた。
セレスティアの美しくも射抜くような眼光に、ガルドは思わず言葉を詰まらせた。
「王都における火の魔石の現在の相場は、一箱につき金貨五十枚を下りません。しかもあなたは『輸送にかかる護衛費』と称して、不当な手数料をここからさらに三割も天引きしていますね。実際の買い取り価格は、相場の十分の一以下です」
「なっ……! そ、それは王都の最新の事情でして、辺境の奥様にはご理解いただけない高度な経済の――」
「ええ、とてもよく理解しておりますわ。なにせ、王都の関税率と魔石の市場価格を決定する法案を書き上げたのは、他でもない私ですから」
その言葉に、ガルドの顔からスッと血の気が引いた。
「さらに申し上げますと」
セレスティアは手元の分厚いファイル――彼が来る前に徹夜でまとめ上げた、過去五年分の不正の証拠――を机の上にドンッと置いた。
「過去五年間、あなたが帳簿を改ざんし、魔石の純度を偽って買い叩き、中抜きした金額の総計です。実に金貨三万枚……辺境伯領の国家予算一年分に相当しますわ。これほどの横領、王都の法に照らし合わせれば、財産没収の上で終身の鉱山送りは免れませんわね」
完璧な論理と、一分の隙もない証拠の山。
ガルドは額から滝のように冷や汗を流し、ガタガタと震え始めた。この女は、ただの飾りの令嬢ではない。王国の経済を根底から支配していた、化け物じみた天才政治家だということに、今さらながら気づいたのだ。
「ま、待ってくれ! 私は王太子殿下とも懇意にしている有力商人だぞ! 追放されたお前なんかが――」
「その汚い口を閉じろ」
地の底から響くような、低く冷酷な声。
気がつけば、レオンハルトがガルドの目の前に立ち塞がっていた。普段の不器用で温厚な姿はそこにはない。黄金の双眸が獲物を狙う猛獣のように細められ、強烈な殺気――『鮮血の辺境伯』としての真の威圧感が、室内の空気を凍りつかせていた。
「ひっ……!!」
「セレスティアが提示した証拠は絶対だ。我が領民が命懸けで採掘した魔石を騙し取り、あろうことか公爵令嬢を愚弄した罪……万死に値すると思え」
圧倒的な恐怖を前に、ガルドはついに泡を吹いてその場に崩れ落ちた。
「衛兵! この男を地下牢へ連行しろ! 身柄の引き渡しと賠償請求については、後ほど王都の商業ギルドへ通達する!」
レオンハルトの命令により、豪商ガルドは無惨に引きずられていった。
彼が不当に搾取してきた金貨三万枚は、セレスティアの手腕によって全額回収され、辺境領のさらなる発展の資金として使われることになる運命だった。
静寂が戻った応接室。
レオンハルトは、先ほどまでの恐ろしい殺気を嘘のように消し去り、心配そうにセレスティアを振り返った。
「すまない、セレスティア。俺がもっと早く奴の不正に気づいていれば、君に不快な思いをさせることも……」
「いいえ、レオンハルト様」
セレスティアは立ち上がり、ふわりと微笑んで夫の大きな腕に抱きついた。
「私を庇って怒ってくださったこと、とても嬉しかったですわ。レオンハルト様は、本当に頼もしい方です」
「っ……! そ、そうか……? なら、よかった」
自身を見上げる比類なき美貌と、甘えるような柔らかい声に、レオンハルトは瞬時に顔を真っ赤にして照れ隠しにそっぽを向いた。
悪徳商人を地獄へ叩き落としたばかりだというのに、二人の間には平和な空気が漂っていた。
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