戦力分断と遅滞作戦
数日後。辺境伯領へと続く開けた谷間に、地響きを立てて共和国軍が姿を現した。
しかし、彼らの足元はすでにクロードの知略によって川が氾濫させられ、底なしの泥濘と化している。自慢の戦車部隊歩兵の行軍も完全に機能不全に陥っていた。
痺れを切らした敵将の指示か、地上部隊を援護するように、上空から3匹のドラゴンが猛烈な速度で先行して飛来する。
眼下の防衛陣地を消し炭にしようと急降下し、その巨大な顎の奥に灼熱の炎をたぎらせたその瞬間――待ち構えていたのは、巨大な「網」を手にしたルイーザとミラだった。
「いくよ、お母様! せーのっ!」
「ふふっ……ごきげんよう、はしたないトカゲさんたち!」
二人が手にしているのは、ミラが『魔の森』で狩ってきた鋼鉄蜘蛛の粘着糸を、セリアが数日徹夜して編み上げた【対竜用・特注耐火ネット】。天然の耐火性と鋼の強度を持つその網を、二人は恐るべき筋力で遠心力をつけ、上空へ向けて大遠投した。
ドゴォン!! という風切り音と共に放たれた特大ネットは、先頭を飛んでいたドラゴンの頭から翼までをすっぽりと包み込む。反射的に放たれた灼熱のブレスも耐火ネットには一切通じず、ねっとりと竜の鱗に絡みついた。
「ギャオオオオッ!?」
「あははっ! 燃えない燃えない! 下におりてきなさーいっ!!」
ミラがネットの端のロープを巨岩に巻き付け、ルイーザがヒールの踵を地面に深くめり込ませる。空を飛ぶドラゴンの推進力と、母娘の「規格外の怪力」が綱引き状態で激突し――バキバキと翼の骨が砕ける音と共に、一匹目のドラゴンが大地に叩き落とされた。
「さあミラ。ここからは撃滅隊の流儀、極上の『おもてなし』の時間ですわ」
「うんっ! 徹底的にどつき回してあげる!」
地に落ちたドラゴンへ二人が大剣を構えて突撃するのを上空から見た二匹目のドラゴンが、激昂して降下を仕掛けてくる。
だが、その直線的な軌道は、地上で待ち構える「冷静なる暗殺者」にとってあまりにも読みやすい的だった。
「……図体がでかい分、動きが単調すぎるな。マトにしてくれと言っているようなものだ」
静かに呟いたキースの両手から、二筋の銀閃が空を切り裂く。
冷徹な計算に基づく神業の投擲。放たれた投げナイフは、突進してくるドラゴンの左右の眼球に寸分の狂いもなく同時に突き刺さった。
「ギャアアアアアアッ!?」
両目の視界を奪われ、激痛にのたうち回りながら高度を落とすドラゴン。その致命的な隙を、若き猛禽が見逃すはずがなかった。
「完璧です、キースおじ様。――その首、もらった!」
長男ジークが、父譲りの跳躍力で巨岩を蹴り上げる。暴れ狂うドラゴンの死角、鱗に覆われていない顎の下へと疾風の如く肉薄すると、空中で体を捻り、全身の力を乗せた長槍を突き出した。
「シィッ……!」
放たれた一撃はドラゴンの喉笛から脳天を深々と貫通し、二匹目の竜は糸の切れた操り人形のようにズドォンと地面に墜落した。
砂塵が舞う中、ジークは頭骨に刺さった槍を軽々と引き抜き、悠然と着地を決める。キースが短く労いの言葉をかけると、ジークも鋭く槍の血振るいをして静かに応えた。
規格外の怪力と特製ネット。神業の暗殺術と武の極致。
辺境伯領の人間たちは自らの鍛え上げた「個の力」と完璧な連携のみで、最大の脅威であった空の覇者をいとも容易く引きずり下ろした。
残るドラゴンは一匹。そして泥濘の向こうには、立ち尽くす共和国の新鋭部隊。
第二次辺境伯領防衛戦、その苛烈な反撃の狼煙が、今まさに上がったのである。
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