賢王オズワルドの結婚
若き国王オズワルドは、その賢明な治世によって王国に類を見ない繁栄をもたらしていたが、いまだ正妃を迎えておらず独身であった。奉行キンズリーをはじめとした忠実な部下たちからの度重なる懇願もあり、ついに国を挙げての王妃探しが始まることとなった。
そこで白羽の矢が立ったのが、建国以来、王国の法典や憲法を起草し続ける由緒正しき公爵家の令嬢・エレノアだった。明晰な頭脳と気高い美貌を併せ持つ彼女は、次期王妃としてこれ以上ない逸材に思われた。
しかし、王城へ招かれたエレノアは、謁見の席で国王と対面するなり、そのエメラルドの瞳で真っ直ぐに見つめ返し、毅然とした態度でこう言い放った。
「不敬をお許しください、陛下。陛下は、少々ひ弱にお見受けいたします。私は、私以上に強い殿方の元にしか嫁ぐ気はございません」
その場にいた宰相や近衛騎士たちは一斉に血の気を引かせた。法を司る厳格な家柄で育ったエレノアだが、実は幼い頃から武芸を嗜んでおり、中でも東の異国から伝わった長柄武器 薙刀 の腕前においては、騎士団の精鋭すら凌駕するほどの圧倒的な名手だったのだ。彼女にとって、国を背負う伴侶は、知恵だけでなく自分を屈服させるほどの「力」を持っている必要があった。
細身で文官のような佇まいのオズワルドは、不遜ともとれるその言葉に怒るどころか、少し困ったように苦笑いを浮かべた。
「参ったな……。では、試しに手合わせしてみましょうか」
場所を城の修練場へと移し、二人は対峙した。
エレノアは身の丈ほどある、美しい銀の装飾が施された薙刀を構え、一切の隙がない洗練された構えを見せる。対する王は、騎士から借りた訓練用の刃引きされたレイピアを片手に、ぶらりと下げているだけだった。
舐められていると感じたエレノア。
「参ります!」
烈風の如き踏み込みとともに、エレノアの薙刀が唸りを上げる。長柄の圧倒的なリーチと遠心力を生かした、重く鋭い横薙ぎの一閃は――しかし、空を切った。
王はまるで庭園でワルツでも踊るかのような軽い足取りで刃を躱すと、次々と繰り出されるエレノアの猛攻を、表情一つ変えずにいなしていく。
(ば、馬鹿な……私の刃が、掠りもしないなんて!)
焦りと驚愕が入り混じる中、エレノアが渾身の力で薙刀を振り下ろした瞬間だった。
王の持つ細身のレイピアが、ふわりと下から跳ね上がる。
カァンッ!という甲高い音と共に、あろうことか重量で勝るはずのエレノアの手から、薙刀が軽々と弾き飛ばされた。力の流れを完璧に読み切った、神業のような剣捌き。宙を舞った長柄が石畳に落ちるより早く、オズワルドのレイピアの切っ先が、エレノアの白い首筋にぴたりと添えられていた。
「これで、合格をいただけるかな?」
見上げると、オズワルドは相変わらずの、少し困ったような優しい微笑みを浮かべていた。
その瞬間、エレノアの中で何かが大きく弾けた。自分を赤子のようにあしらう底知れぬ強さと、決して相手を怪我させない洗練された優しさ。圧倒的な実力差を前に、彼女の武人としての強がりは心地よく砕け散り、残ったのはこれまでに感じたことのない激しい胸の高鳴りだった。
「……はいっ! 喜んで、陛下の妻となります!」
顔を真っ赤にしてその場にへたり込んだエレノアは、この数分間で、すっかり国王オズワルドにベタボレになってしまったのである。
それからしばらく経った、よく晴れた吉日。
王都の荘厳な大聖堂にて、しめやかに結婚式が執り行われた。
純白の豪奢なウェディングドレスに身を包んだエレノアは、いつもの気高さの中に柔らかな愛情を滲ませ、幸せそうに王の隣に寄り添っていた。参列した貴族や騎士たちは、知性と武勇を兼ね備えた美しい新王妃の誕生を心から祝福した。
「これからは、私が陛下の背中もお守りいたしますわ」
「お手柔らかに頼むよ、私の愛しい王妃」
ステンドグラスの光に包まれた二人の姿は、王国の新たな希望として歴史の美しい1ページに刻まれるのだった。
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