御老公の新しい仲間
辺境の熱々夫婦の家を後にしたミッチェル大公一行は、さらに旅を続け、王国の石材供給を支える重要拠点――鉱山都市オデッセアへと足を踏み入れていた。
「ほう。活気があるのは良いことだが、少しばかり空気がピリついているようですな」
ミッチェル大公が焼き団子を頬張りながら街を歩くと、護衛のサイラスとクラークも周囲の不穏な気配に目を光らせた。
現在、このオデッセアでは石屋同士の激しい縄張り争いが起きていた。
代々王家御用の石材を納めてきた良心的な老舗『アンセルム石材』に対し、新興の悪徳業者『ザックス商会』が、オデッセアの石屋の元締め(肝いり)の座を奪おうと、汚い嫌がらせを繰り返しているのだ。
そしてザックス商会の背後には、王都から赴任してきた欲深い作事奉行(公共工事総監)、ハドソン番外編:ご隠居大公の諸国漫遊 ~狼谷の爆破と、新たな道連れ~
辺境の熱々夫婦の家を後にしたミッチェル大公一行は、さらに旅を続け、王国の石材供給を支える重要拠点――鉱山都市オデッセアへと足を踏み入れていた。
「ほう。活気があるのは良いことだが、少しばかり空気がピリついているようですな」
ミッチェル大公が焼き団子を頬張りながら街を歩くと、護衛のサイラスとクラークも周囲の不穏な気配に目を光らせた。
現在、このオデッセアでは石屋同士の激しい縄張り争いが起きていた。
代々王家御用の石材を納めてきた良心的な老舗『アンセルム石材』に対し、新興の悪徳業者『ザックス商会』が、オデッセアの石屋の元締めの座を奪おうと、汚い嫌がらせを繰り返しているのだ。
そしてザックス商会の背後には、王都から赴任してきた公共工事総監、ハドソン卿が糸を引いていた。
「困ったことになった……このままでは、王家へ納める城壁用の石材の納期に間に合わねえ」
アンセルム石材の腕利きの職人頭・キリアンは、頭を抱えていた。
そこへ、赤い風車の形をした手裏剣を指先で回しながら、一人の男が飄々と現れた。ミッチェル大公直属の影の隠密、疾風のヤッシュである。
「お困りのようだな、職人さん。俺たちのご隠居が、少しばかり手を貸してやれってさ」
「あんたたちは……?」
「ただの、お節介な旅人さ」
ヤッシュの協力もあり、キリアンは王家御用の巨大な石材を掘り出すため、切り立った岩山である『ウルフズ・バレー』の岩肌に、発破用の黒色火薬を仕掛けることになった。
ミッチェル大公も、「見事な石の切り出しを、ぜひ特等席で見学させてもらおう」と、視察に訪れることとなったのだ。
だが、この動きは全て、悪党たちに筒抜けであった。
ザックス商会に大金で雇われた裏社会の凄腕の刺客・サリバンが、暗躍していたのである。
「ヒッヒッヒ。発破用の火薬の量を、通常の十倍に増やしておきましたぜ、ハドソン卿」
「よくやった、サリバン。あのお節介なご隠居一行もろとも、アンセルムの職人たちを吹き飛ばせ。そうすれば事故として処理でき、オデッセアの石の利権は全て我々のものだ!」
岩山の影に潜み、ハドソン卿とザックスが下劣な笑いを漏らす。
やがて、ウルフズ・バレーの谷底に、ミッチェル大公一行とキリアンたちが姿を現した。
「よし、点火しろ!」
キリアンの合図で、導火線に火が放たれる。
シュルシュルシュル……と火花が岩肌へ向かって走っていく。
それを崖の上から見下ろしていたサリバンは、ニヤリと嗤った。
「あばよ、ご隠居。木端微塵に吹き飛びな!」
ドガァァァァァァァン!!!
凄まじい大音響と共に、十倍の火薬が炸裂した。
ウルフズ・バレーの岩山そのものが砕け散り、巨大な岩石の雨が、大公一行のいた谷底へと雪崩れ落ちていく。もうもうと立ち込める土煙が、全ての視界を奪い去った。
「やった! やったぞ!! これで邪魔者は全て消えた!」
ハドソン卿とザックスが、崖の上で歓喜の声を上げる。
しかし。
「……いやぁ。火薬の量を間違えるとは、石屋としては素人仕事ですな」
背後から、呑気な、そして聞き覚えのある好々爺の声が響いた。
「なっ!?」
ハドソン卿たちが弾かれたように振り返る。
土煙が晴れた崖の上の『安全な高台』には……無傷のミッチェル大公が、床几に腰掛けて優雅にお茶を啜っていたのである。その後ろには、サイラス、クラーク、ヤッシュ、そしてキリアンたち職人の姿もあった。
「ば、馬鹿な! なぜお前たちが生きている! 確かに谷底にいたはず……っ」
「おめえらの汚え罠なんざ、ヤッシュの兄貴がとっくに嗅ぎつけてたんだよ!」
キリアンが怒鳴る。彼らは直前で精巧なダミーとすり替わり、安全な場所へ避難していたのだ。
「ええい、こうなったら直に斬り殺せ! サリバン、やれ!」
ハドソン卿の号令で、サリバンと数十人の私兵たちが一斉に武器を抜いて大公一行に襲いかかった。
「……サイラス、クラーク。少々お仕置きしてあげなさい」
「はっ!」
護衛二人が風のように飛び出す。
サイラスの鞘当てが私兵たちの急所を次々と砕き、クラークの豪腕がサリバンを赤子のように軽々と投げ飛ばし、岩壁に激突させた。
「ぐはぁっ!」
あっという間に悪党たちは地に伏せ、呻き声を上げる肉塊と化す。
「ひぃっ……!」
腰を抜かすハドソン卿とザックスの前に、クラークが静かに歩み寄り、懐から漆黒の印章入れ(印籠)を高々と掲げた。
「控えおろう!!」
ウルフズ・バレーの谷間に、クラークの怒号がビリビリと響き渡る。
「頭を垂れよ! この三つ葉の紋章が目に入らぬか!! 畏れ多くも先の王都副王であらせられる、ミッチェル大公殿下の御前であるぞ!!」
「た、大公殿下ぁっ!?」
ハドソン卿の顔から全ての血の気が引いた。ただのお節介な隠居だと思っていた爺さんが、王国の絶対権力者だったのだ。
「お、お命だけはぁっ!」
地面に額を擦りつけて平伏する悪党どもを見下ろし、ミッチェル大公は冷ややかに言い放った。
「王家御用の石を私欲で汚した罪、万死に値する。オデッセアの代官に引き渡し、厳重な沙汰を下す。……連れて行け!」
数日後。
悪党たちが一掃され、正当な肝いりとなったアンセルム石材に見送られながら、ミッチェル大公一行は再び旅路についていた。
「いやぁ、これでオデッセアの石も安泰ですな」
大公がニコニコと笑いながら馬車に揺られていると、街道の脇で、一人の若い女が足を挫いてうずくまっているのが見えた。
「ああっ、痛い……。どなたか、助けてくださらない……?」
露出の多い東方風の踊り子の衣装を着た、艶やかな美女である。
「おや。大丈夫かね、お嬢さん」
大公が馬車を止めさせ、優しく声をかける。
「旅の途中で、足を挫いてしまって……。あのぅ、もしよろしければ、次の町まで馬車に乗せていただけないでしょうか? 私、ユミと申します」
上目遣いで、か弱さをアピールする女。
しかし、サイラスとクラークは油断なく柄に手をかけていた。
(……あの女。どう見てもただの踊り子ではない。歩き方、筋肉の付き方……間違いなく、ご隠居様の命を狙う暗殺者(くノ一)だ)
数日前のオデッセアの騒動の際、サリバンの仲間として影で動いていた女である。恐らく、暗殺の機会を窺うために、一行に加わろうとしているのだ。
サイラスが「ご隠居様、この女は危険です」と耳打ちしようとしたが。
「はっはっは! それはお困りだろう。むさ苦しい男ばかりの旅だ、美しいお嬢さんが同乗してくれれば、馬車の中も賑やかになって良い! さあ、乗りなさい」
「えっ……? ご隠居様!?」
驚く護衛たちをよそに、ミッチェル大公はニコニコと笑ってユミを馬車に招き入れた。
(ふふっ、チョロい爺さんね。油断したところを、寝首を掻いてあげるわ)
ユミは心の中で邪悪な笑みを浮かべながら、「ありがとうございますぅ」と大公の隣に腰を下ろした。
全てを分かった上で、あえて暗殺者を懐に引き入れるご隠居大公。
「これもまた、旅の醍醐味というやつだよ」と楽しそうに笑う大公と、胃を痛める護衛たち、そして隙を窺う美しき暗殺者。
役者がまた一人増え、諸国漫遊の世直し旅は、これからますます賑やかで楽しくなりそうである。
お読みいただきありがとうございました。
もし「面白かった!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、ページ下部にある【ブックマークに追加】や、【☆☆☆☆☆】の評価を押して応援していただけると、今後の執筆の何よりの励みになります!
次回もどうぞよろしくお願いいたします。




