光と闇を担う人々
翌朝。王都奉行所の裏手にある死体安置所では、冷ややかな空気が漂っていた。
「……見事なもんだ。一太刀で腹を貫き、背中まで達している。しかも、一切の躊躇や力みがない『居合』の太刀筋だ」
王都奉行キンズリーは、筵を剥がされた部下――悪代官クロダの遺体を検分し、感嘆の息を漏らした。
クロダが裏でヤクザと結託し、賄賂を受け取っていたことはキンズリーも薄々感づいており、尻尾を掴むために泳がせていたところだった。
「奉行閣下。これは……オズワルド陛下の『お忍びの仕業』でしょうか?」
腹心の部下が小声で尋ねるが、キンズリーは首を振った。
「いや。上様の愛用の細剣なら、傷口はもっと丸く小さくなる。それに、昨夜は黒蛇組の組長と、悪徳両替商の銭屋も殺されている。あちらの傷口は『細い針のようなもので延髄を一突き』と、『首に細い糸を巻き付けられた縊死』だそうだ」
「針と糸……。では、闇医者たちの仕業ですか?」
「奴らも違うだろうよ。あいつらはドン・ジェリコの親父さんを通すか、直接依頼人から相応の報酬をもらわねえと動かねえ。あのケチな銭屋から大金を巻き上げられた食堂の親父さんに、奴らを雇うツテも金もあったとは思えねえ」
キンズリーは顎を撫で、ニヤリと肉食獣のように笑った。
「どうやらこの王都には、俺たちや上様、ヴァレリアンたちのネットワークとは全く違う場所で動く、『別の掃除屋』がいるらしいな。……表の法からこぼれ落ちた、名もなき弱者の恨みを晴らす仕事人ってやつがよ」
「……お奉行様ぁ! いやぁ、恐ろしい事件が起きましたなぁ!」
そこへ、へらへらとした愛想笑いを浮かべたモンドが、小走りで近づいてきた。
「クロダ様が殺されるなんて……私のような末端の役人は、恐ろしくて夜も眠れませんよぉ!」
大仰に身震いしてみせる昼行灯の部下。
周囲の役人たちが「相変わらず情けない奴だ」と呆れる中、キンズリーだけは、鋭い眼光でモンドの全身を舐め回すように観察した。
ヘラヘラと笑い、猫背でだらしない立ち姿。
だが、その足運びには一切の隙がなく、腰の刀の柄頭には、使い込まれた微かな指の擦れ跡がある。
(……ほう。灯台下暗し、とはこのことか)
キンズリーは内心で愉快そうに笑いながら、わざとモンドの肩をポンと強く叩いた。
「違いないな、モンド。お前みたいなうだつの上がらねえ男が、夜道で辻斬りにでも遭ったらひとたまりもねえ。……気をつけな」
「ひぃっ! は、はいぃ! お奉行様!」
ペコペコと頭を下げるモンドに背を向け、キンズリーは歩き出す。
(いいぜ。俺の目の届かねえ下水の底の泥浚い……その『仕事』、大目に見てやろうじゃねえか)
王都奉行は、優秀すぎる『昼行灯』の存在を、あえて見逃すことに決めたのだった。
その日の夜。
下町の裏路地にあるヴァレリアンの診療所では、三人の凄腕たちが車座になって酒を酌み交わしていた。
「――へえ。俺たち『仕置人』の仕業だって、下町じゃ専らの噂になってるぜ」
相棒のユーゴが、呆れたように盃を置いた。
「冗談じゃねえ、タダ働きなんてごめんだ。だいたい、俺たちの使ってる『錐』や『針』とは、傷口の形状が全く違う」
闇医者ヴァレリアンが、大根の煮物を口に運びながら眉をひそめる。
「検死の調書を盗み見してきたが……組長を仕留めたのは、黄金で作られた女物の『簪』。銭屋の首を吊り上げたのは、恐らく東方の楽器の『弦』だ」
その言葉に、部屋の隅で黙々と茶を啜っていた盲目の按摩・イチが、ふっと口元を綻ばせた。
「へえ……。簪に、弦。それに、奉行所の役人を一刀両断にした凄腕の居合使い……でごぜえますか。王都には、手前たち以外にも『裏の仕事』をする方々がいらっしゃるようでごぜえますな」
「ああ。オズワルド陛下が市場を綺麗に掃除してくれたおかげで、かえって今まで見えなかった『底無しの闇』が浮き彫りになってきたってことだろうさ」
ヴァレリアンは窓の外の暗闇を見つめ、静かに息を吐いた。
自分たちのようなプロの暗殺者とは違う、市井に紛れて弱者の恨みを受け取る者たち。
「……世の中、まだまだ広いぜ」
「違いねえ。だが、そいつらが俺たちのシマを荒らさねえ限りは、お互い様だ」
ユーゴが笑って、再び酒を注ぐ。
「へえ……一度、その居合使いの旦那とは、手合わせしてみたいものでごぜえますな」
盲目の剣客が、見えない瞳の奥で剣呑な光を宿しながら、楽しそうに呟く。
もし、イチの『仕込み杖』と、モンドの『居合』がぶつかり合う日が来れば、王都の裏社会を揺るがすほどの死闘になるだろう。ヴァレリアンは「勘弁してくれ」と苦笑するしかなかった。
数日後。
雨上がりの路地裏で、老爺が息絶えていた場所。
そこには、名もなき誰かが手向けた、一輪の野花がそっと置かれていた。
「……ちょっとアンタ! また給金の前借りなんてして! この甲斐性なし!」
「す、すいません母上! ちょっと同僚と付き合いがありまして……!」
大通りでは、嫁と姑にこっぴどく叱られながら、ペコペコと頭を下げるモンドの姿があった。
その手には、奉行所へ向かうための粗末な傘が握られている。
「あーあ、嫌になっちまうなぁ」
ぼやきながら歩き出したモンドは、ふと路地裏の野花を一瞥し、そして誰にも気づかれないほど僅かに、目を細めて冷たい光を宿した。
表の法で裁けぬ悪を討つ、影の仕事人たち。
彼らは今日も、何食わぬ顔で人波に紛れ、それぞれの「表の顔」を演じながら、この王都のどこかで静かに息を潜めている。
最強の王と、光の奉行、そして幾多の闇の達人たちが交差するこの街で、彼らの『仕事』が終わる日は、まだ来ない。
お読みいただきありがとうございました。
もし「面白かった!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、ページ下部にある【ブックマークに追加】や、【☆☆☆☆☆】の評価を押して応援していただけると、今後の執筆の何よりの励みになります!
次回もどうぞよろしくお願いいたします。




