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完璧令嬢の辺境開拓記〜私を捨てた王太子が国を傾けている間、私は辺境を世界一豊かな地にし、私は運命の人と世界一幸せになります〜  作者: 虹の箸
王都で悪はもうタイパもコスパも悪い

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高貴な依頼

王都下町の裏路地。

かつて裏社会で最も信頼されていたフィクサー『蔦のオットー』が私怨に目が眩み、掟を破って死んだ事件以降。凄腕の仕置人であるヴァレリアンとユーゴの二人は、裏の仕事をきっぱりと控え、表の稼業にのみ専念していた。

「先生! おかげさまで、婆さんの咳がすっかり良くなりました!」

「それは良かった。だが無理はするなよ、栄養のある汁物を飲ませてやれ」

大柄で彫りの深い渋い顔立ちの町医者・ヴァレリアンは、今日も貧しい民からは金を一切取らず、丁寧に診察を続けていた。

「おう、ヴァレリアン。相変わらずタダ働きが好きな男だ」

そこへ、親友であり細工職人のユーゴがふらりと現れる。涼しげな目元の美丈夫である彼は、すれ違う町娘たちの熱視線を鬱陶しそうに無視し、診療所の暖簾をくぐった。

「ユーゴか。……平和なのは良いことだ。俺たちの『裏の仕事』なんてものは、ないに越したことはねえからな」

ヴァレリアンが医療道具を片付けながら苦笑した、その時。

「――そう言って休業されると、困る者もいるのですよ」

不意に、待合室の影から一人の男がヌルリと姿を現した。

かつて王都撃滅隊の密偵『風鴉』として暗躍し、現在は新王オズワルド直属の諜報部隊を束ねる男、ランスであった。

「……王都の密偵が、俺たちになんの用だ。俺たちはもう『蔦(元締)』を失った。得体の知れねえ依頼は受けねえぞ」

ヴァレリアンが警戒し、ユーゴが懐のきりに手を伸ばす。

ランスは両手を上げて敵意がないことを示すと、重々しい革袋を机に置いた。

「新たな『蔦』からの依頼です。……標的は、王都の穀物市場を牛耳る札差ふださしたちの組合トップ、『十老頭テン・エルダーズ』」

「十老頭だと?」

ヴァレリアンが眉をひそめる。彼らは表向きは合法的な商人だが、裏では麦を買い占め、不当に価格を吊り上げて民の血肉を啜っている守銭奴たちだった。

「現在、我が依頼主は、公明正大で誰にでもわかる穀物市場を形成するため、画期的な『先物取引市場』を立ち上げようとしています。しかし、十老頭が己の利益を守るために猛反発し、裏で卑劣な妨害工作を繰り返している。……依頼主が表立って動けば、王都の経済を揺るがす大きな政治問題になりかねません」

ランスはまっすぐにヴァレリアンたちを見据えた。

「だからこそ、法で裁けぬ巨悪を、闇から闇へと葬っていただきたい。……依頼主は、国王陛下オズワルドです」

「……王様からの直々の殺し依頼とはな」

ユーゴが呆れたように口笛を吹く。

ヴァレリアンは机の上の革袋を一瞥し、そして窓の外、麦が高くて買えずに薄い粥をすする下町の人々の顔を思い浮かべた。

「……仕事を受けよう。俺たちの『針』は、民を食い物にする悪党の心臓を止めるためにある」


数日後の深夜。

王都の一等地にある高級な料亭の奥座敷で、十老頭と呼ばれる強欲な老人たちが、車座になって酒を酌み交わしていた。

「ひっひっひ。国王の小僧め、先物取引市場などと寝言をほざきおって。市場の価格は、我々が握っていてこそ意味があるのだ」

「左様。市場の倉庫に火を放ち、少し脅してやれば、あの若造もすぐに音を上げるでしょうな」

悪辣な笑い声が座敷に響く。

だが、彼らは気づいていなかった。部屋の外で警護に当たっていた数十人の私兵たちが、すでに『無音』のうちに始末されていることに。

「――お前らの欲の皮も、今日で突っ張り納めだ」

障子がスッと開き、月明かりを背負った二つの影が座敷に滑り込んだ。

「な、何者だ貴様ら!」

一番手前にいた老人が叫ぶより早く、ユーゴが風のように踏み込んだ。

「騒ぐな。冥途の道行きが煩くなる」

研ぎ澄まされた細工用の錐が、瞬きする間に三人の老人の延髄を正確に貫く。流血一つなく、彼らは糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

「ひぃっ!? あ、暗殺者! 助け……っ」

逃げ惑う残りの十老頭たちの前に、巨漢のヴァレリアンが立ちはだかる。

「地獄の閻魔に、麦の値段でも交渉してきな」

スッ……。

ヴァレリアンの手から放たれた毛髪よりも細い『医療用の針』が、老頭たちの心臓の急所を的確に穿っていく。

「あ、が……っ」

胸を押さえ、苦悶の表情を浮かべながら次々と絶命していく十老頭たち。それは、検死官が見ても「急性心不全」としか判断できない、完璧な仕置であった。

わずか数呼吸の間に、王都の穀物市場を牛耳っていた巨悪は、音もなく闇へと消え去ったのである。


仕事を完璧にやり遂げた翌日の夜。

ヴァレリアンとユーゴは、ランスの指定した下町のこぢんまりとした居酒屋を訪れていた。

「おう、よく来てくれたな。こっちだ」

暖簾をくぐると、店の奥の小上がりで、酒を飲んでいる一人の男が手招きをした。

すり減った安物の外套に、うっすらと無精髭を生やした、いかにもうらぶれた『素浪人』といった風貌の男である。

「お前が、今回の依頼主の代理人か?」

ヴァレリアンが胡座をかいて座り、ユーゴも無言で隣に腰を下ろした。

「代理人? 違う違う」

素浪人の男は、楽しそうに笑いながら、自身の手でヴァレリアンたちの猪口ちょこに酒を注いだ。

「私自身が、君たちに依頼をした張本人だよ。……見事な手際だった。おかげで、王都の民が飢えずに済む公正な市場が作れる。感謝するよ、ヴァレリアン、ユーゴ」

男が杯を掲げ、ニヤリと笑う。

その瞬間。無精髭とみすぼらしい格好の下に隠された、絹糸のような金髪と、理知的ながらも底知れぬ覇気を宿した瞳に、二人の仕置人はハッと息を呑んだ。

「……まさか。あんた……新王、オズワルド陛下か?」

ユーゴが驚きのあまり、珍しく声を上ずらせた。

「しーっ。ここではただの『素浪人のオズ』だ。……城の堅苦しい食事より、こういう下町の居酒屋で飲む酒の方が、よほど性に合っていてね」

一国の王が、護衛もつけずに(恐らくランスたちは外にいるのだろうが)、みすぼらしい浪人に化けて下町の居酒屋で暗殺者と酒を酌み交わしている。

あまりの規格外な行動に、ヴァレリアンは呆れを通り越して、フッと低い笑い声を漏らした。

「……とんでもねえ王様だ。悪党どもが敵うわけがねえ」

「はっはっは。最高の褒め言葉として受け取っておこう」

オズワルドは上機嫌で杯を干した。

「表の法で裁けぬ悪は、どうしても存在する。私はこの国を良くするためなら、喜んで手を汚すつもりだ。……だが、王の私が毎回『一人撃滅隊』をするわけにもいかなくてね。これからも、私の目の届かぬ闇の掃除を……頼めるだろうか?」

王は、暗殺者である彼らを蔑むことも、道具として扱うこともなく、一人の男として真っ直ぐに敬意を持って頭を下げた。

その真摯な姿に、ヴァレリアンとユーゴは無言で顔を見合わせた。

腐りきった『蔦』の元で働くのはもう御免だが。この破天荒で、誰よりも民を想う王の『影』として働くのなら――悪くない。

「……法外な報酬を請求するぜ、オズの旦那」

ヴァレリアンが不敵に笑い、杯を突き出す。

「ああ。望むところだ。王都の生き神様と、凄腕の細工師殿」

オズワルドもまた、悪戯っ子のように笑って杯を合わせた。

チンッ、と鳴る陶器の音。

それは、表の法を司る最強の王と、裏の闇を支配する最強の仕置人たちが、密かに、しかし確かな絆で結ばれた夜の祝杯であった。


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― 新着の感想 ―
表の法で裁けぬ巨悪を闇から葬る、必殺仕置人のような緊迫感あふれる展開に一気に引き込まれました。 ヴァレリアンとユーゴの鮮やかな手際もさることながら、依頼主である新王オズワルドが自ら素浪人に化けて居酒屋…
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