お白州に舞う暴れん坊
王都撃滅隊の超法規的な武力と、王都奉行所の緻密な法執行。
二つの組織の連携によって、王都は少しずつではあるが確かな平穏を取り戻しつつあった。しかし、王都の統治構造には未だに一つの大きな『穴』があった。
「いくらお父様(公爵)が実権を握っているとはいえ、あくまで『暫定統治』……。歴史ある大貴族を裁く際、どうしても公爵家の名のもとでは反発が起きてしまいますわね」
隊長室で書類を睨みながら、ルイーザがため息をつく。
その通りだった。腐敗した貴族を撃滅隊が捕らえ、奉行所が証拠を固めても、国家に対する大逆罪などの重罪は、本来*王族』自らが裁かねばならないという古い法が存在していたのである。
そこでグランチェスター公爵は、暫定統治を強固にするための切り札として、一人の男を王都へ呼び寄せた。
前王の従兄弟にあたる王族にして、新たに『王立最高裁判官』の地位に就いた男。
――オズワルド大公。
「お初にお目にかかります、ルイーザ隊長、キース副長。私がオズワルドです。ひ弱な若輩者ですが、王都の治安維持のため、尽力させていただきますよ……」
顔合わせの席に現れたオズワルドは、絹糸のような細い金髪に、青白く細面の顔立ちをした、いかにも気弱そうな男だった。少し風が吹けば倒れてしまいそうな線の細さで、時折ハンカチで口元を押さえて咳き込んでいる。
「(……おいおい。いくら王家の血筋とはいえ、こんなひ弱そうな御曹司で大丈夫なのか? 悪党の凄みにビビって気絶しなきゃいいが)」
キースは内心で毒づきながらも、表面上は恭しく頭を下げた。
しかし、オズワルドのそのひ弱な外見の奥には、前王太子の愚行で地に落ちた王家の威信を取り戻し、悪を憎む誰よりも強い『炎』が宿っていたのである。
数日後。
王都奉行所と撃滅隊の合同捜査により、御用商人を脅迫し、不当に富を搾取していた大貴族・マクシミリアン侯爵の悪事が完全に暴かれた。
王立裁判所の大白州。
一段高い上座にはオズワルド大公が座り、その脇には王都奉行キンズリー、そして護衛としてルイーザとキースが控えていた。
「マクシミリアン侯爵。これだけの証拠と証言が揃っています。……大人しく罪を認め、王国の法に従いなさい」
オズワルドが静かな、しかし凛とした声で罪状を読み上げる。
しかし、追い詰められたマクシミリアン侯爵は、白州の砂利の上で不敵な笑みを浮かべた。
「ふん。証拠だの証言だの、そんなものは下賎な平民どもの戯言だ。それに、暫定とはいえ実権を握る公爵家の犬どもに、歴史あるこの私を裁く権利など……」
「公爵家だけではありません。王族である私の名において、あなたを裁くのです」
オズワルドが一歩も引かずに言い放つと、侯爵の顔色が一気にどす黒く染まった。
「……生意気な。ただ血筋が良いだけの、病弱な操り人形の分際で!」
マクシミリアン侯爵が懐から合図の笛を吹いた瞬間。
傍聴席に紛れ込んでいた侯爵の私兵たち十数人が、一斉に武器を抜き放ち、白州へと乱入してきたのだ。
「ええい! こうなればもはや後には引けん!」
侯爵が血走った目で、上座に座るオズワルドを指差して叫ぶ。
「上様とて構わぬ! 斬れ、斬れぃ!!」
「なっ、王族に向かってなんという暴言……! キース!」
「了解。王族暗殺未遂だ、一匹残らず切り刻む!」
ルイーザが大剣の柄に手をかけ、キースが両手にナイフを滑らせた、その時だった。
「――待ちなさい、ルイーザ隊長、キース副長」
静かな声と共に、オズワルド大公がスッと立ち上がり、手で二人を制した。
「ですが殿下! 奴らはあなたのお命を!」
「分かっています。しかし、貴族の私兵を『公爵家の部隊』であるあなた方がここで大量に斬り捨てれば、不要な政治的摩擦を生む。……我が王家の腐った膿は、私自身の手で掃除せねばなりません」
オズワルドはそう言うと、持っていた杖の柄を引き抜いた。
中から現れたのは、美しく研ぎ澄まされた一振りの細剣。
「ひゃはは! ひ弱なお坊ちゃんが剣を抜いたぞ! やっちまえ!」
私兵たちが下劣な笑い声を上げ、一斉にオズワルドへと殺到する。
キースが舌打ちをし、強引に助けに入ろうと一歩踏み出した――次の瞬間。
閃刃。
「……え?」
ルイーザの口から、間の抜けた声が漏れた。
私兵の一人がオズワルドに斬りかかろうとした瞬間、オズワルドの姿が『ブレた』ように見えた。
直後。私兵の剣は空を切り、男は両手首の筋を正確に切断され、悲鳴を上げて崩れ落ちたのである。
「な、なんだ!?」
気弱で病弱そうだった青白き王族。
しかし、その足運びは王宮剣術の極致であり、剣の切っ先は一切の無駄なく、嵐のような連続突きとなって私兵たちを襲った。
「ぎゃあっ!」
「ひぃっ、こ、このお方、強ぇ……っ!」
まるで舞いを踊るかのような優雅さで、迫り来る白刃を紙一重で躱し、急所のみを正確に貫いていく。
血飛沫すら自身の服に浴びることなく、わずか数呼吸の間に、十数人の私兵たちは全員が床に転がり、呻き声を上げるだけの肉塊と化していた。
「ば、馬鹿な……。あんな病弱な男が、一人で……!?」
腰を抜かし、後ずさるマクシミリアン侯爵。
オズワルドは一滴の汗もかかず、涼しい顔で細剣の血糊を払い、再び杖の中へと納めた。
「……少し、運動をしすぎましたね。さて、マクシミリアン侯爵。これでもまだ、私を操り人形と侮りますか?」
「ひぃっ……! お、お助けを、殿下ぁっ!」
圧倒的な武力と王族の威光を前に、侯爵は完全に戦意を喪失し、白州に額を擦りつけて泣き喚くことしかできなかった。
「いやはや、恐れ入ったぜ。あの殿下、相当な手練れじゃねえか」
騒ぎが収束した後、キンズリーが腕組みをしながら楽しそうに笑う。
その隣で、キースとルイーザはポカンと口を開けたまま、オズワルドの後ろ姿を見送っていた。
「……キース。わたくし、あの剣の軌道、半分も見えませんでしたわ」
「……俺もだ。足運びには一切の殺気がなかった。暗殺術の極致みたいな剣技だぞ、あれ」
王家の血筋という権威の頂点にありながら、単独で一部隊を殲滅できるほどの理不尽な武力を持つ男。
気弱な顔の裏に隠されたその化け物じみた実力を目の当たりにし、キースは冷や汗を拭いながら小さく息を吐いた。
「……世界は広いな。まだまだ、あんな化け物が眠っていたとはね」
「ええ。ですが、あのような頼もしい『化け物』が我々の味方で、本当に良かったですわ」
ルイーザが安堵の笑みを浮かべる。
超法規的な武力を持つ『撃滅隊』、法を執行する『奉行所』、そして両者を束ねる権威と絶技を持つ『最高裁判官』。
王都を浄化する最強の布陣がここに完成し、悪党どもが震え上がる恐怖の時代は、今まさに幕を開けたのだった。
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