影たちの純情、闇夜を裂く大剣
王都撃滅隊の密偵として闇に潜む元義賊『風鴉』。
彼らの中で、商家に奉公して、内情を調べた上、仲間達をその商家を案内する役、いわゆる『引き込み』を得意としていた女性メンバー、カレンとの連絡がプツリと途絶えた。
「カレンからの定時連絡が来ない。……おそらく、潜入先の商人に素性がバレたな」
スラムの隠れ家で、風鴉の頭である元騎士ランスは苦渋の表情を浮かべていた。
カレンは気の回る優秀な女性で、現在は違法な魔石を扱う悪徳商人の屋敷に女中として潜り込み、内偵を進めていたはずだった。
「頭! すぐに助けに行きましょう! 撃滅隊のルイーザ隊長にも報告を……!」
部下の一人が焦って声を上げるが、ランスは首を横に振った。
「いや、ルイーザ様たちを頼るわけにはいかない。現在、撃滅隊の本隊は地方から王都を狙ってきた凶悪な大盗賊団の制圧任務で、文字通り不眠不休の佳境にある。……今あの方々の御手を煩わせるわけにはいかん」
ランスにとって、ルイーザとキースは自分たちを真っ当な道へと引き上げてくれた大恩人である。これしきの不始末、自分たち『影』だけで解決しなければ申し訳が立たない。
「今夜、我々だけで商人の屋敷に潜入し、カレンを救出する!」
その日の深夜。
悪徳商人の屋敷の裏庭にある、頑丈な土蔵。
ランスたち数名の密偵は、音もなく錠前を開け、内部へ侵入した。
「カレン! 無事か!」
「頭……っ!」
暗闇の中、柱に縛り付けられていたカレンを素早く解放する。彼女の頬には打たれた痕があったが、命に別状はないようだった。
「ごめんなさい、頭……。書斎を探っていたところを、商人が雇った用心棒に見つかってしまって……」
「無事ならいい。さあ、今のうちに脱出を……!」
ランスがカレンの肩を抱き寄せ、蔵の入り口へ向かおうとした、まさにその時。
「――チッ。ネズミの仲間が嗅ぎつけて来やがったか」
カチャリ、と無慈悲な音が響き、松明の明かりが蔵の入り口を照らし出した。
そこに立っていたのは、悪徳商人と、彼に雇われた十数人の浪人たちだった。いずれも血の匂いを纏う、凄腕の剣客たちである。
「なっ……囲まれたか!」
「へへっ、あの小娘が何か嗅ぎ回ってるのは気付いてたんでな。泳がせておけば、仲間がノコノコ助けに来ると思ったぜ。……おい先生方、こいつら全員斬り捨てて構わんぞ」
商人の下劣な命令に呼応し、浪人たちがジリッと間合いを詰める。
その洗練された足運びを見て、元騎士であるランスは即座に悟った。
(……強い。一人二人はともかく、この数を相手に全員で逃げ切るのは不可能だ!)
ランスは腰の剣を引き抜くと、カレンと部下たちを背中で庇うように前に出た。
「お前たちは裏口から逃げろ! ここは俺が食い止める!」
「だ、駄目です、頭! 一人なんて死んでしまいます!」
「行けっ! 俺の命に代えても、お前たちだけは生かして返す!」
ランスが悲壮な決意と共に剣を構え、浪人の一人がニヤリと笑って刃を振り上げた、その瞬間。
ドガァァァァァンッ!!!
屋敷の頑丈な土壁が、凄まじい轟音と共に紙屑のように吹き飛んだ。
もうもうと舞い上がる土煙。そして、月明かりを背にして現れたのは、身の丈ほどもある大剣を肩に担いだ、美しくも苛烈な隊長の姿だった。
「――ウチの大切な身内に、何をしてくれていますの?」
「ル、ルイーザ様!?」
驚愕するランスの声に重なるように、暗闇の中から黒い将校服を着たキースが飄々と姿を現す。
その後ろには、ガルドやシオンをはじめとする、だんだら模様の制服を着た撃滅隊の精鋭たちがズラリと並んでいた。
「キース副長まで! なぜここに……! 地方の盗賊団の制圧任務はどうなったのですか!」
ランスが叫ぶと、キースは手の中で暗器を弄びながら、フッと意地悪く笑った。
「ああ、あんな連中、さっき全員ぶっ飛ばして奉行所に放り込んできた。……それよりランス。アンタ、俺たちを甘く見すぎだぜ。ウチの可愛い密偵が連絡を絶ったことに、俺たちが気付かないとでも思ったのか?」
「っ……!」
「それに」と、ルイーザが大剣を構え直して凜とした声を響かせる。
「水臭いですわよ、ランス卿! 身内のピンチに駆けつけない撃滅隊だとでも思って!? ……さあ、そこをどきなさい。そこの三下どもは、わたくしが峰打ちにして差し上げますわ!」
「な、なんだこの女! ええい、やっちまえ!」
浪人たちが一斉に斬りかかってくるが、今の撃滅隊の前ではただの案山子と同義であった。
「よそ見は致命傷ですわよ!」
ルイーザの大剣が旋風を巻き起こし、数人の浪人をまとめて宙へ吹き飛ばす。
キースが死角から放ったナイフが残りの者の手首を正確に貫き、ガルドたちの怒号が屋敷の裏庭を完全に制圧する。
数分後。
そこには、白目を剥いて気絶した浪人たちと、腰を抜かして震え上がる悪徳商人の姿だけが残されていた。
「ふぅ……一件落着ですわね。カレン、怪我はありませんか?」
ルイーザが血の付いていない手で、カレンの頬を優しく撫でる。
カレンはボロボロと涙を流し、「ルイーザ様、キース様……ありがとうございます、ありがとうございます……っ」と何度も頭を下げた。
そしてランスは、自らの不甲斐なさと、彼らの底知れない器の大きさに、ただ深く、深く傅くことしかできなかった。
それから数日後。王都撃滅隊の屯所。
「おや、ランスにカレン。二人揃ってどうしたんだい?」
執務室で書類を整理していたルイーザと、紅茶を淹れていたキースの前に、私服姿の二人がモジモジとしながら立っていた。
二人は顔を見合わせると、意を決したように頭を下げた。
「実は……あの夜の事件の後、カレンがどうしてもと言い出しまして……」
ランスが珍しく顔を真っ赤にして口ごもる。すると、隣にいたカレンが、ランスの腕にギュッと抱き着いて、満面の笑みで言い放った。
「私、あの夜、自分の命を懸けて盾になってくれた頭に、本気で惚れちゃいました! だから、頭と世帯を持ちます!」
「「えっ!?」」
ルイーザとキースの声が見事にハモる。
「あ、もちろん密偵のお仕事はこれからも夫婦で一生懸命続けます! でも、これからは同じ家に帰りたいなって……。ご報告にあがりました!」
えへへ、と幸せそうに笑うカレンと、照れて顔から火が出そうなランス。
事態を飲み込んだルイーザは、パァァッと顔を輝かせ、涙ぐみながらカレンの手を強く握りしめた。
「まあっ……! おめでとうございます! すばらしいですわ! 死線を超えた二人が結ばれるなんて、なんてロマンチック……っ!」
感動のあまりハンカチで目頭を押さえるルイーザ。
その横で、キースはククッと喉の奥で笑うと、机の引き出しから分厚い封筒を取り出し、ランスの胸にポンと押し付けた。
「キース副長、これは……?」
「俺と隊長殿からの餞別(祝儀)だ。好きに使え。……身内の慶事だ、遠慮するな」
「そんな、こんな大金、受け取れません!」
「いいから受け取っておけ。その代わり、これからも王都の『影』として、きっちり働いてもらうからな」
キースが艶やかに目を細めると、ランスとカレンは深く、深く頭を下げた。
「はいっ! 命に代えましても!」
幸せいっぱいの二人が屯所を去った後。
ルイーザは、まだ感動の余韻に浸りながら窓の外を見つめていた。
「いいですわねぇ、夫婦……。あんな風に、命を懸けて守り合う絆から生まれる愛……本当に素敵ですわ」
うっとりと呟くルイーザの横顔を、キースは愛おしそうに見つめていた。
(……アンタを命懸けで守ってる男なら、すぐ隣にいるんだけどな)
キースはそっとルイーザの背後に立ち、その細い肩に自身の外套をふわりと掛けた。
「な、なんですか、キース?」
「いや? 隊長殿もいつか、あんな風に誰かと世帯を持つ日が来るのかなって思いましてね。……もしそうなったら、俺は寂しくて死んじまうかもしれないな」
「っ……! ま、またそうやってからかって!」
振り向いたルイーザの顔は、先ほどのカレン以上に真っ赤に染まっていた。
キースは声を出して笑い、ルイーザは怒ったように頬を膨らませながらも、肩に掛けられた外套をギュッと握りしめる。
表の光と、裏の影。
王都の平和を守る彼らの日常には、血生臭い事件だけでなく、こうした温かく愛おしい時間が、確実に根付き始めていた。
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