貴族狩りと、桜吹雪の法廷
かつて栄華を極めた王国は、愚かな前王太子の自滅によって王家の血統が途絶え、現在はグランチェスター公爵が『暫定統治』という形で辛うじて国を纏め上げている。
しかし、その統治はあくまで「暫定」である。
「『公爵風情が王の座を狙っている』……か。忌々しいことだ」
王都の公爵邸、執務室。
グランチェスター公爵は、各地から届く不満の報告書を前に深くため息を吐いた。
愚王に取り入り甘い汁を吸っていた旧体制の貴族たちが、ここへ来て公爵の統治に異を唱え、反対勢力として結託し始めているのだ。
「お父様……。辺境の姉様と義兄上様からは、何と?」
心配そうに見つめるルイーザに対し、公爵は苦笑しながら一通の手紙をヒラヒラと振った。
「『反対する愚物どもは、俺の辺境軍を差し向けて物理的に黙らせるが、どうする?』だとさ。だが、いかんせん辺境は遠いし、力で押し潰せば反乱の火種を残すことになる」
公爵が頭を抱えていると、ルイーザの背後に控えていたキースが、ふっと艶やかな笑みを浮かべて口を開いた。
「閣下。力で潰して角が立つなら、『法』の力を借りて合法的に首をすげ替えればいかがでしょう」
「……ほう。キース副長、何か策があるのか?」
「連中だって、清廉潔白な聖人君子じゃない。王都の深い闇――違法な魔石取引や薬物、裏カジノの利益を吸い上げている貴族は腐るほどいます。そのスキャンダルを掴み、奉行所の『お裁きの場』に引きずり出して失脚させるんです」
キースは切れ長の目を細め、悪魔のように甘く囁いた。
「……もし埃を叩いても何も出ないなら、俺が『でっち上げ(・・・・)』ますから」
「ね、捏造は駄目ですわ、キース!」
ルイーザが慌てて抗議するが、キースは「冗談ですよ」と肩をすくめた(目は全く笑っていなかったが)。
公爵は豪快に笑い声を上げた。
「わっはっは! 辺境の暗部らしい、えげつない提案だ。だが、理にかなっている。相手は貴族だ、いくら撃滅隊でもむやみに殺して回るわけにはいかんからな」
公爵は不敵な笑みを浮かべ、指令を下した。
「よし。反公爵派の急先鋒、ダドリー伯爵を最初の血祭りに上げる。……ルイーザ、キース。奉行所のキンズリーと連携し、奴を法廷へ引きずり出せ」
「「はっ!」」
数日後の深夜。
王都の外れにある、ダドリー伯爵が裏社会と結託して運営している秘密の麻薬工場。
「ひぃぃっ! 王都撃滅隊だぁっ!」
強固な防壁を破り、だんだら模様の隊員たちが雪崩れ込んでくる。
しかし、今夜の彼らはいつものように「問答無用で斬り捨てる」ことはしなかった。
「峰打ちですわよ! 誰一人として殺してはなりません! 帳簿と薬物はすべて証拠として押収しなさい!」
ルイーザが大剣の腹で護衛たちを次々と昏倒させながら、凛とした声で指揮を執る。
今回の目的は『殲滅』ではなく、あくまで『法廷で貴族を追い詰めるための証拠確保』である。
「チッ、殺さずに無力化しろってのは、案外骨が折れるぜ」
ガルドが手加減しながら双剣の柄でゴロツキの鳩尾を突き上げ、気絶させる。
「文句を言わない。……これだけの証拠と関係者を『生きたまま』奉行所に突き出せば、ダドリー伯爵も言い逃れできないからね」
キースが暗闇から音もなく現れ、工場の支配人の首筋に麻酔針を打ち込みながら淡々と言い放つ。
ランス率いる密偵『風鴉』の完璧な事前情報と、撃滅隊の圧倒的な武力。
一滴の血も流さず、しかし一切の証拠隠滅を許さない完璧な制圧劇により、反公爵派の有力者ダドリー伯爵の裏の顔は、完全に白日の下に晒されることとなった。
翌日。王都奉行所、大白州。
「でっち上げだ! 公爵の犬どもが、私を陥れるために仕組んだ罠だ!」
法廷の砂利の上に引き出されたダドリー伯爵は、真っ赤な顔をして喚き散らしていた。
「私は由緒正しき伯爵であるぞ! このような偽の証拠と、スラムのゴロツキの証言など認められるか!」
見苦しく足掻く伯爵を、白州の端で見学していたルイーザとキースは冷ややかに見つめていた。
「……往生際が悪いですね」
「ええ。ですが、あそこまで堂々と嘘をつけるのも、ある意味貴族の才能ですわね」
すると、白州の奥にある一段高い座敷から、木槌を打ち鳴らす乾いた音が響いた。
バンッ!
「……往生際が悪いのは嫌いじゃねえが、見苦しいのは反吐が出るぜ、ダドリー伯爵」
そこに座っていたのは、王都奉行キンズリー。
彼はいつものラフな着流しではなく、奉行としての威厳ある正装に身を包んでいたが、その鋭い眼光は裏社会のヤクザものすら震え上がるほどの凄みを帯びていた。
「ここに上がっている裏帳簿の筆跡、お前の屋敷から押収したペン、そして何より、お前が裏社会の連中と密談していた時の『確かな目撃証言』がある」
「も、目撃証言だと!? 誰だ、そんなデタラメを言う奴は!」
ダドリーが怒鳴ると、キンズリーはニヤリと肉食獣のように笑い、スッと立ち上がった。
そして、おもむろに奉行の正装の片肌を脱ぎ捨てる。
「そのデタラメを言ってるのは……俺だよ」
あらわになった鍛え上げられた背中。そこに咲き乱れる、極彩色の『東方の紅桜』の刺青。
それを見た瞬間、ダドリー伯爵の顔から一瞬にして血の気が引いた。
「ば、馬鹿な……。あ、あの時、私と商人の密談の場に酒を運んできた、あの男が……お、王都奉行……!?」
「おうおう! 悪党どもと結託し、民を食い物にして私腹を肥やす腐れ貴族! あの夜、てめえの汚え悪事を聞いていたこの背中の紅桜、まさか見忘れたたぁ言わせねえぜ!」
キンズリーの雷のような啖呵が法廷に轟く。
自ら潜入捜査を行い、証拠を完璧に固めていた王都奉行の執念。そして、その証拠を物理的に確保した撃滅隊の武力。
「言い逃れは終わりだ、ダドリー。てめえの爵位は剥奪、財産は没収の上、厳罰に処す!」
完全に退路を断たれたダドリー伯爵は、糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
この『ダドリー伯爵失脚』の報は、瞬く間に王都の貴族社会を駆け巡った。
「公爵に刃向かえば、撃滅隊に裏を暴かれ、奉行所に合法的に潰される」
その事実は、武力で制圧される以上の恐怖と秩序を、腐敗した貴族たちに植え付けるのに十分な劇薬であった。
公爵の暫定統治は、これによって盤石なものへと変わり始めたのである。
「いやぁ、痛快だったぜ! 撃滅隊のおかげで、完璧な証拠が揃えられたからな!」
その夜、奉行所の裏手にある酒場で、キンズリーは上機嫌にジョッキを掲げていた。
「閣下のあの啖呵、本当に痺れましたわ!」
ルイーザも興奮冷めやらぬ様子で、林檎水を飲みながら目を輝かせている。
そんな二人を微笑ましく見つめながら、キースは静かにグラスを傾けていた。
(……とりあえず、でっち上げ(・・・・)を使わずに済んで良かったな)
「キース、あなたももっと喜びなさいな。これで王都はさらに平和になりますわ!」
ルイーザが隣に座るキースの袖をツンツンと引っ張る。
「ええ、そうですね。これも全て、隊長殿が光の道を真っ直ぐに歩いてくれたおかげですよ」
キースは艶やかに微笑むと、ルイーザの髪にそっと触れた。
「……っ、またそうやって、人を子供扱いして……」
照れて赤くなるルイーザと、それを楽しそうにからかうキース。
そして、「お前ら、酒が不味くなるからイチャつくなら他所でやれ」とぼやくキンズリー。
超法規的な武力を持つ『撃滅隊』と、法を重んじる『奉行所』。
決して交わることのなかった二つの組織は、王都の平和という一点において最強の連携を見せ、王都の深い闇を次々と切り裂いていくのだった。
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