桜吹雪の王都奉行と、月夜の帰り道
王都撃滅隊が華々しい戦果を挙げる一方で、王都には厳然としてもう一つの治安維持組織が存在していた。
『王都奉行所』。
法と証拠に基づき、綿密な捜査を行って犯罪者を逮捕し、公的な裁判(お裁きの場)にかける真っ当な司法・警察機関である。
しかし最近、奉行所の役人たちはひどくピリピリしていた。何ヶ月もかけて内偵を進めていた犯罪組織を、超法規的権限を持つ撃滅隊が「問答無用」で物理的に粉砕してしまうため、手柄をことごとく横取りされる形になっていたからだ。
「ええい、また撃滅隊か! 我々が慎重に捜査していたものを、あの大剣娘と暗殺者崩れが台無しにしおって!」
奉行所の役人たちが撃滅隊を目の敵にするのは、ある意味で当然のことであった。
そんな険悪な空気が漂う中、撃滅隊の幹部たち――ルイーザとキースのもとに、思いがけない招待状が届く。
差出人は、王都奉行所のトップ。王都の行政・司法を束ねる、グランチェスター公爵のすぐ下に位置するほどの超大物。
王都奉行、キンズリー・フォン・ローランド侯爵その人からの『私的な宴』への招待であった。
「キンズリー侯爵……。お父様も一目置くほどの切れ者と聞いておりますが、なぜ我々を?」
キンズリーの広大な屋敷の一室。
豪華な円卓に案内されたルイーザは、緊張した面持ちで出された紅茶を見つめていた。周囲には奉行所の高官たちがズラリと並び、ルイーザとキースを親の仇のように睨みつけている。
「さあね。俺たちを呼び出して、役人どもの前で吊るし上げるつもりかもしれないぜ」
キースは全く悪びれる様子もなく、出された高級な菓子を勝手につまんでいた。
そこへ、重厚な扉が開く。
「おお、待たせたな! 撃滅隊のお歴々!」
現れたのは、仕立ての良い貴族の服を着崩した、四十代半ばの男。
無精髭を生やし、鋭い眼光の中にもどこか飄々とした愛嬌のある『ちょいワルおじさん』といった風貌の男こそ、王都奉行キンズリーであった。
「奉行閣下。この度はご招待いただき……」
ルイーザが居住まいを正して立ち上がろうとすると、キンズリーは「まあまあ」と手で制した。
「堅苦しい挨拶は抜きにしようぜ、ルイーザ嬢ちゃん。それに副長殿もな。……おいお前ら、ここは俺の私的な宴だ。堅物のお前らがいると酒が不味くなる。下がってろ」
「し、しかし閣下! こ奴らは我々の捜査を……!」
「いいから下がれって言ってんだよ」
キンズリーが凄みを利かせると、役人たちはビクッと肩を震わせ、そそくさと部屋から退室していった。
扉が閉まり、三人だけになった部屋で、キンズリーはネクタイを乱暴に緩め、ドカッと椅子に腰を下ろした。
「ふぅ、息が詰まるぜ。……さて、お前さんたちの活躍は聞いてるよ。うちの若い連中が散々文句を言ってるがね、俺ぁお前さんたちのやり方、嫌いじゃねえんだ」
キンズリーはニヤリと笑い、グラスに強い酒を注いだ。
「驚いたか? 実は俺も若い頃は、相当なワルでね。親父に反発して家を飛び出し、スラムのヤクザもんの賭場に出入りしたり、裏の連中と肩を並べて暴れ回ってたもんさ。……だから、法の手が届かねえ『本物の悪』がいるってことも、よぉく分かってる」
王都奉行の口から飛び出した意外すぎる過去に、ルイーザは目を丸くした。
キースは面白そうに目を細め、「ほう。じゃあ、閣下『こっち側』ってわけですか」と相槌を打つ。
「ああ。今でもたまに、うちの堅物どもが手を出せねえ組織には、俺自身が身分を隠して潜入捜査してんだ。『遊び人のキン』って名乗ってな」
「奉行トップ自らが潜入捜査!? そ、それはあまりにも危険ですわ!」
「はっはっは! 心配すんな、嬢ちゃん。俺も腕には自信がある。それに……お裁きの場で、悪党どもを絶望させるのが好きでね」
キンズリーは嬉々として、つい先日の武勇伝を語り始めた。
「こないだも、わりぃヤクザもんの賭場に潜り込んで証拠を掴んでな。白々しく嘘をつく奴らを法廷に引きずり出してやったのさ。で、言い逃れしようとする奴らの前で、こうやって諸肌を脱いで……!」
キンズリーがバッとシャツの片肌を脱ぎ捨てる。
その鍛え上げられた背中から肩にかけて、見事な『東方の紅桜』の極彩色の刺青が咲き乱れていた。
「『おうおう! 昨夜の賭場で、この背中で咲いてる紅桜、まさか見忘れたたぁ言わせねえぜ!』って啖呵を切ってやったのさ。奴ら、俺が遊び人のキンだと気づいて、腰を抜かしてひれ伏したぜ。面白かったなあ!」
ガハハと豪快に笑うキンズリー。
そのあまりにも型破りな王都奉行の姿に、ルイーザはポカンと口を開け、キースは腹を抱えて笑い出した。
「ははっ! あんた、最高だな。うちの隊長殿とは別のベクトルで規格外だ」
「だろう? ま、そういうわけだ。法と証拠で裁くのは俺たち奉行所の仕事。だが、法を盾に隠れる外道を物理的に叩き潰すのは、お前ら撃滅隊の仕事だ。俺はお前たちを認めてるし、公爵閣下と共に政治的な盾にもなってやるつもりだ」
キンズリーは服を直し、真剣な眼差しで二人を見据えた。
「ただし、うちの連中の言う事も理解してやってくれ、あいつらはあいつらで王都を大切に思ってるんだ。その上で存分に暴れ回れ。そしてもし、お前らだけで越えられねえ壁にぶち当たったら……いつでも俺らところに来い。力になるぜ」
その言葉には、裏社会も表社会も知り尽くした大人の男の、海のように深い懐の広さがあった。
宴を終えた帰り道。
新月の夜風に吹かれながら、ルイーザは感嘆の溜め息を漏らした。
「キンズリー侯爵……本当に凄い方でしたわね。あの若々しい行動力と、王都の治安を思う熱いお心。法を守る奉行所と、法を超える我々。お互いの役割をあそこまで深く理解してくださるなんて」
「ああ。それに、ありゃあ強いぞ、俺とルイーザが同時にかかって何とかっていうくらいだな。少し破天荒すぎるが、あんな強え大物がバックにいてくれるなら、こっちとしても随分と仕事がしやすくなる。……これで、少しは肩の荷が下りたんじゃないか、隊長殿?」
キースが横を歩くルイーザの顔を覗き込む。
ここ最近、奉行所との軋轢に密かに頭を悩ませていたルイーザの表情は、憑き物が落ちたように晴れやかだった。
「ええ。キースのおかげでもありますわ。あなたがいつも私を支えて、こうして道を切り拓いてくれるから」
「俺は何もしてないさ。……まあ、あのワルおじさんの言う通り、何か抱え込みそうになったら、いつでも俺に相談してくれよ。俺の背中には桜の刺青はないけど……」
キースは足を止め、ルイーザの前に立つと、その細い腰にそっと腕を回して引き寄せた。
「アンタの逃げ場になってやるくらいの、懐は持ち合わせているつもりだからさ」
「っ……!」
突然の密着と、耳元に落ちる艶やかな声。ルイーザはまたしても顔を真っ赤に沸騰させ、キースの胸板をバンバンと両手で叩いた。
「も、もう! あなたは本当に、少しでも隙を見せるとそういうことを……っ! 奉行閣下の懐の深さとは種類が違いますわ!」
「おや、不満ですか?」
「ふ、不満とは言っていません……っ! ばか!」
ルイーザが恥ずかしさのあまりキースの腕から逃げ出し、大剣を揺らしながら早足で歩き出す。
その後ろ姿を見つめながら、キースは「本当に、敵わないな」と幸せそうに目を細めた。
法の番人である粋な王都奉行という、強力な理解者を得た撃滅隊。
彼らの王都浄化の刃は、大人のバックアップと深まる二人の絆によって、さらに鋭く、迷いなく振るわれていくのだった。
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