義賊の誇りと、暗闇に散る悪意
王都撃滅隊の屯所に、宛名のない一通の投げ文が投げ込まれた。
それは王都でも有数の規模を誇る『金貨商会』への襲撃計画を密告するものだった。決行日時は今夜。標的の警備の薄い時間帯から、侵入経路、参加する人数に至るまで詳細に書かれており、単なる質の悪い悪戯やガセネタとは思えないほど具体的だった。
執務机でその手紙を読んでいたルイーザは、記されていた盗賊団の頭の名前を見て、苦悩に満ちたため息を吐いた。
「……標的の商会を狙うのは、『風鴉』と呼ばれる盗賊団。頭目の名は、ランスですわね」
「知ってるのか、隊長?」
「ええ。ランス卿は元々、王都騎士団の小隊長でしたわ。王家に忠義を尽くす真っ直ぐな男でしたが、あの愚かな前王太子や偽聖女に直言しすぎたせいで疎まれ、騎士団を追放されたのです」
ルイーザの表情はひどく暗かった。
追放されたランスが率いる『風鴉』は、人を決して傷つけず、あくどい商売をしている者から「致命傷にならない程度」の金品しか盗まないというポリシーを持っている。そして盗んだ金は、王都のスラムで飢える孤児たちに分け与えているという。
「いわゆる『義賊』というやつですわ。彼らを慕うスラムの民も多いと聞きます。……ですが、盗賊は盗賊。王都の治安を預かる撃滅隊として、彼らを野放しにはできません。かといって、国を思い民を救おうとしている元騎士を斬り捨てるなんて……」
生真面目なルイーザが葛藤していると、ソファで暗器の手入れをしていたキースが、ふと顔を上げて呑気な声を出した。
「だったら、とりあえず捕まえて、今後は俺たちの『密偵』として働けば罪は不問にするって条件を出せばいいんじゃないか?」
「……えっ?」
「向こうは元騎士の盗賊で、こっちは人手不足の治安維持組織だ。それに、彼らだって好きで泥棒をしているわけじゃない。スラムの孤児たちを養うための『正規の俸給』を出してやれば、彼らも裏稼業から足を洗えるだろ」
あまりにもあっさりとした、しかしこの上なく合理的な副長の提案に、ルイーザは丸く大きな目を瞬かせた。
「嫌だって言うなら、その時はまた考えればいいさ。……あの心優しい隊長殿に『義賊を斬れ』なんて汚れ仕事、俺はさせたくないんでね」
「き、キース……っ!」
キースが切れ長の目を細めて艶やかに笑うと、ルイーザはポッと頬を染め、「な、なるほど、理にかなっておりますわね!」と誤魔化すように咳払いをした。
「……それに」と、キースは手元の投げ文を指先で弾く。
「このご親切すぎる投げ文……どうも胡散臭い。隊長、義賊たちの『捕縛と説得』はアンタに任せていいか? なるべく傷つけずに、秘密裏に匿ってやってくれ。俺はガルドたちを連れて、別の仕事をしてくる」
「別の仕事?」
「ああ。少しばかり、ね」
その夜、金貨商会の裏口。
元騎士ランスが率いる数人の義賊たちが、音もなく鍵を開けようとした瞬間。
「そこまでですわ、ランス卿」
暗闇から、だんだら模様の制服を着た撃滅隊が音もなく現れ、彼らを完全に包囲した。
「なっ……撃滅隊か! なぜここが!」
ランスが即座に剣を抜こうとするが、それより早く、ルイーザの大剣の腹が彼の腕を強打し、剣を弾き飛ばした。他の隊員たちも一斉に峰打ちや捕縛網を放ち、一切の流血を起こすことなく、義賊たちを無力化していく。
「お見事だ……。我らのような盗賊、煮るなり焼くなり好きにするがいい。だが、どうか部下たちだけは……っ!」
地に膝をつき、覚悟を決めたランスに対し、ルイーザは大剣を収め、静かに手を差し伸べた。
「貴方たちの事情は知っています。スラムの子供たちを救うためとはいえ、罪は罪ですわ。……ですが、その真っ直ぐな忠義と腕、今度は『正しく』この王都のために使ってみませんか?」
「なに……?」
ルイーザから「密偵としての雇用」と「子供たちを養う俸給」の提案を聞かされたランスは、信じられないものを見るように目を丸くし、やがてその目から大粒の涙をこぼした。
「おお……なんという慈悲深き計らい。ルイーザ様……我ら風鴉一同、命に代えてもこの御恩に報います!」
「ええ。期待しておりますわよ、ランス卿」
義賊たちの説得は、拍子抜けするほどあっさりと、そして穏便に完了した。
一方その頃。王都の反対側にある、とある貴族の宝物庫。
義賊ランスの一件を密告する投げ文を送った「本当の悪党」である凶悪な盗賊団が、まんまと宝物庫の扉をこじ開けていた。
「ひゃはは! 馬鹿なやつらだ、見事に撃滅隊の囮になりやがった! あの化け物たちが商会で足止めを食らってる間に、こっちのお宝は全部俺たちのものだぜ!」
首領の男が下劣な笑い声を上げ、金銀財宝に手を伸ばした、まさにその時。
「――本当に、そう思うか?」
背後の暗闇から、氷のように冷たい声が響いた。
「なっ!?」
首領が振り向いた瞬間、闇の中から音もなく飛来した投げナイフが、彼の両手首を深々と貫いた。
「ぎゃあああっ!?」
悲鳴を上げる首領の前に、黒い将校服を着たキースが、艶やかな殺気を纏いながら悠然と姿を現す。その後ろには、ガルド、シオンをはじめとする数人の精鋭たちが、すでに抜刀した状態で控えていた。
「な、なぜ撃滅隊がここに!? 貴様らは商会の方へ行ったはずじゃ……っ!」
「お前ら本当に馬鹿だな。あんな親切すぎる投げ文、裏があるに決まってるだろうが。他の盗賊を囮にして自分たちは甘い汁を吸おうなんて、三流の悪党が考えることだ」
キースは手の中で暗器を弄びながら、冷酷に見下ろした。
「ルイーザ隊長なら、囮にされた連中もきっちり救い上げるだろうさ。あの人は、光の当たる表通りを歩くべき人だからな」
キースの目が、獲物を前にした肉食獣のように細められる。
「だが、お前らのような腐ったゴミクズを掃除するのは……俺たちの仕事だ。一匹残らず根切りにしろ」
「おう!」
キースの無慈悲な命令に呼応し、ガルドたちが一斉に盗賊たちへと襲いかかる。
そこから先は、戦闘と呼ぶのもおこがましいほどの一方的な『蹂躙』であった。義賊たちを捕縛した時の手加減など一切ない。文字通り、悪党たちの悲鳴と血しぶきが暗闇の中で咲き乱れる。
数分後。
血の海に沈んだ宝物庫の中で、キースは暗器についた血をハンカチで拭い、月明かりの差し込む窓の外を見上げた。
「さて。片付けが終わったら屯所に帰るか。隊長殿が、新しい密偵を連れて待ってるだろうからな」
表の光であるルイーザが真っ直ぐな義賊を救い上げ、裏の影であるキースが狡猾な悪意を人知れず刈り取る。
二人の完璧な役割分担と信頼関係により、王都の闇は今夜もまた一つ払拭されたのである。
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