血生臭い断罪の夜と、月明かりの下の素顔
王都の東区、スラム街のさらに奥深く。
見捨てられた地下水路に繋がる廃倉庫では、闇商人や悪徳貴族の残党が集まり、違法な薬物と人身売買の取引が行われていた。
「おい、ここの事はバレてないだろうな」
「ビビりやがって、なあ、この薬を捌けば一生遊んで暮らせるんだぜ。それに王都撃滅隊だか何だか知らねえが、こんな地下深くまでは嗅ぎつけられまい」
「ああ。あの公爵の小娘や暗殺者崩れが来る前に、さっさと取引を――」
ドゴォォォォォンッ!!
男が言葉を終えるよりも早く、分厚い鉄の扉が爆音と共に紙屑のように吹き飛んだ。
もうもうと舞い上がる土煙の中、だんだら模様の羽織を翻し、身の丈ほどもある大剣を肩に担いだ長身のシルエットが悠然と姿を現す。
「ごきげんよう、王都のゴミクズ共。お迎えに上がりましたわ」
王都撃滅隊隊長、ルイーザ・ヴァン・グランチェスター。
彼女は冷ややかな微笑を浮かべながら、大剣を片手で軽々と構えた。
「な、なんだと!? なぜここが……ええい、構わん! 殺せ!」
数十人の護衛たちが一斉に武器を抜き、ルイーザへと殺到する。
だが、ルイーザは一歩も引かず、涼しい顔で大剣を横薙ぎに振り抜いた。
「――散りなさい」
凄まじい風圧と鋼の激突音。最前列の男たちが武器ごと両断され、血飛沫を上げて壁に叩きつけられる。
圧倒的な暴力。それは美しい公爵令嬢が振るうには、あまりにも苛烈で無慈悲な『断罪』であった。
「ひ、ひぃぃっ! 化け物かっ!」
形勢不利と見た取引の元締めが、護衛たちを盾にして倉庫の裏口へと逃げ出す。
しかし、彼が薄暗い通路へ飛び込んだ瞬間。背後から音もなく伸びてきた黒い腕が、男の口を乱暴に塞いだ。
「おっと。生憎だが、こっちは行き止まりだ」
闇に溶け込むような黒の将校服。
撃滅隊副長、キース。艶やかな切れ長の目を細めた彼は、男が抵抗する間も与えず、隠し持っていた暗器のナイフを急所へと深々と突き立てた。
「が、はっ……」
「命乞いも弁明もいらない。俺たちは裁判所じゃないんでね。……大人しく地獄へ落ちな」
血走る男の目を冷酷に見つめながら、キースはナイフを引き抜く。
倉庫の中ではルイーザの指揮の下、隊員たちによる容赦のない掃討が続いていた。悲鳴と怒号、そして血の匂いが充満する空間で、キースは飄々とした足取りで隊長の元へと戻っていった。
一時間後。
証拠品の押収と後処理を隊員たちに任せ、ルイーザとキースは一足先に夜の王都の路地を歩いていた。
雲が晴れ、白銀の月明かりが二人の歩む石畳を照らしている。
「ふぅ……」
大剣の血糊を拭き取り、鞘に納めたルイーザが、小さく安堵の吐息を漏らした。
先ほどの修羅場で見せていた冷徹な隊長としての顔から、年相応の少し疲れたような表情へと戻っている。
その横顔を見つめながら、キースはふと足を止め、穏やかな声をかけた。
「お見事でしたよ、隊長殿。あの大人数を相手に、一歩も引かない見事な太刀筋……惚れ惚れしました」
突然の称賛に、ルイーザはビクッと肩を揺らした。
「と、当然ですわ! 私はグランチェスター公爵家の娘。そして王都の治安を預かる撃滅隊の隊長ですもの。お父様や姉様に恥じぬよう、あの程度の悪党に後れを取るわけには……」
ツンと顎をそらし、強がってみせるルイーザ。
しかし、キースは黒い手袋を外すと、歩み寄って彼女の頬にそっと指先を触れた。
「……っ!? な、何を……」
「頬に、敵の血が跳ねていた。そのままじゃ、せっかくの綺麗な顔が台無しだろ」
キースの長い指が、ルイーザの白い頬を優しく、甘い手つきで撫でる。
先ほどまで息をするように命を奪っていた暗殺者とは思えないほどの、熱を帯びた優しい瞳。艶やかな切れ長の目で見つめ下ろされ、ルイーザの心臓は早鐘のように鳴り始めた。
「……本当に、綺麗だったよ。強くて、気高くて……危うく俺の仕事を忘れて見惚れちまうところだった」
「な、なななっ……!」
キースの低く甘い声が耳元を掠め、ルイーザの顔がボフッと音を立てて真っ赤に染まった。
普段の勇ましい隊長としての威厳はどこへやら、彼女はパニックを起こしたように両手で顔を覆い、たどたどしく後ずさる。
「わ、わたくしをからかわないでくださいませ! あなたはいつもそうやって、息をするように歯の浮くような台詞を……っ! セクハラですわよ!」
「ハハッ、俺は本音しか言ってないんだけどな。それに、照れて真っ赤になってるルイーザも、最高に可愛いよ」
「かわっ……! も、もう知りません! わたくしは先に屯所へ戻ります!」
大剣を背負ったまま、逃げるように早足で歩き出すルイーザ。
その赤くなった小さな耳を見つめながら、キースは喉の奥でくくっ
血と硝煙に塗れた過酷な任務の裏側。
無自覚なほど純情な大剣令嬢と、彼女をからかいながらも、王都を守り抜こうとする美貌の暗殺者の関係は、月明かりの下で少しずつ熱を帯びていくのだった。
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