改めてスローライフ街づくり
祭りの狂騒から一夜明けた、魔の森の朝。
朝日が差し込む巨大なクレーターの縁に、急造のデスクがポツンと置かれていた。
その前に座るカナタは、ヴィンセントが淹れた濃いめのブラックコーヒーを片手に、分厚い羊皮紙の束と睨めっこをしていた。
「……闘技場跡地の整地費用はゼロ。むしろ、このすり鉢状の地形を利用して、魔の森の『中央広場』兼『大浴場』の基礎にしてしまえば、大幅な工期短縮とコスト削減になるな」
「御意に。すでにオークの建築部隊と水妖の配管チームを編成済みです。損害を利益に転換する、素晴らしい経営判断かと」
隣で完璧な相槌を打つヴィンセントと共に、カナタは羽ペンを走らせる。
昨晩あれほど絶望した被害総額も、真の魔王としての視座を手に入れた今のカナタから見れば、単なる『次なる都市計画の初期投資』に過ぎなかった。
むしろ、あのド派手な大乱闘の噂を聞きつけ、辺境伯領のみならず他国からも「特区を一目見たい」という商人や観光客の問い合わせが殺到しており、今後の税収見込みは若干の黒字に転じていた。
「よし、現状の被害把握と予算の再編は完了だ。今日から本格的に、新しい街の設計に……」
カナタが大きく伸びをした、その時である。
「ふはははは! 朝から精が出るな、カナタ!」
「いかにもッ! 己の役割に没頭する男の背中は美しいものだッ!」
背後から聞こえてきた聞き慣れた野太い声に振り返ると、そこには旅装束に身を包み、背中に巨大な荷袋と武器を背負ったジークと烈魁皇の姿があった。
案内人のチャチャも、パンパンに膨らんだ財布(昨晩の賭け札の胴元として荒稼ぎした金)を叩きながら、ニカッと笑っている。
「ジークさん、それに烈さんも……その荷物、どうしたんですか?」
カナタが驚いて尋ねると、ジークは黒鋼の大槍を肩に担ぎ直し、満足げな笑みを浮かべた。
「俺たちの仕事は、昨日で終わったからな。お前は真の王として覚醒し、この特区には人間と魔族が共に手を取る確かな土台ができた。これからの『街を作る』という繊細な作業に、俺たちのような破壊しか能のない者は不要だろう?」
「それは……まあ、否定はしませんけど」
「ふはは、素直でよろしい!」
ジークは豪快に笑い飛ばし、遠く広がる空へと視線を向けた。
「それに、お前の底知れぬ魔力や、親父殿の拳を味わって、改めて思い知らされたのだ。世界は広く、俺の知らない強者がまだまだ無数に存在しているのだとな。俺の武者震いが、新たな未知なる強者を求めている!」
「左様ッ! 中国四千年の歴史をさらに上の次元へと昇華させるため、我らは新天地へと武者修行の旅に出るッ! 次の標的は、海の向こうの西方大陸か、はたまた天空の島かッ!」
相変わらずのバトルジャンキーぶりに、カナタは思わず苦笑いをこぼした。
彼らはどこまで行っても、戦いの中にしか生きる意味を見出せない不器用で真っ直ぐな武人なのだ。彼らがいたからこそ、自分が目覚めることができたのだと、カナタは深く感謝していた。
「チャチャも一緒に行くのか?」
「せや! ゴリラたちがおったら、どんな危険な秘境の財宝でも取り放題やからな! ウチは案内人兼、専属の金庫番としてついて行くで!」
三人の揺るぎない決意を見て、カナタは椅子から立ち上がり、ジークたちの前へと進み出た。
「……そっか。寂しくなりますね」
ジークは優しく目を細めると、岩のように大きくゴツゴツとした右手を、カナタの前にスッと差し出した。
「立派な街を作れ、カナタ。人間も魔族も関係なく、肩を組んで酒を飲み、笑い合える……世界一の街をな」
「……はい」
カナタはその手を、両手でしっかりと握り返した。
出会った頃はあんなに恐ろしかったゴリラの握力が、今はとても温かく、頼もしく感じられた。
「お前たちが帰ってきた時に、度肝を抜かれるような凄い特区を作ってみせます。……だから、また絶対に、遊びに来てください」
「ああ! 発展した魔の森と、さらに強くなったお前と再戦する日を、心から楽しみにしているぞ!」
固い握手と、男たちの誓い。
烈魁皇も無言で力強く頷き、チャチャがさいならーと手を振る。
朝日に照らされながら、風のように去っていく規格外の仲間たちの背中を、カナタはいつまでも見送っていた。
彼らの姿が森の木々に見えなくなった後、カナタはゆっくりと振り返り、まだ何もない広大な更地と、隣に控える執事へと視線を向けた。
「……さあ、ヴィンセント。リリスたちも呼んできてくれ。忙しくなるぞ」
「御意に。まずは第一居住区の資材発注と、セリア様の研究室(隔離施設)の設計からですね」
カナタは真新しい帳簿を小脇に抱え、清々しい朝の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
破壊の旅は終わり、ここからは創造の時間だ。
元・経理官の魔王による、予算と魔法が交差する壮大な『スローライフまちづくり』が、今、確かな第一歩を踏み出した。
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