特権!ゲットだぜ!!
「……ダメだ。どう計算しても、圧倒的に『先立つもの(初期資金)』が足りない」
真新しい執務室。朝陽に照らされたデスクの上で、カナタは頭を抱えていた。
現金出納帳の借方と貸方の数字を何度弾き直しても、街の基礎インフラを整えるための初期費用が絶対的に不足している。
いかにヴィンセントの事務処理能力が神がかっており、オークの建築部隊が優秀であろうと、資材を買う金や労働力への対価がなければ組織はいずれ破綻する。
「我が主。ここは手っ取り早く、辺境伯家当主であるクロード殿に融資を打診してみてはいかがでしょうか。あの男ならば、この特区の将来的な利益を見越して快く資金を出してくれるはずです」
完璧な温度の紅茶を差し出しながら、ヴィンセントが涼しい顔で提案した。
「ばっ、バカ言え! 絶対にダメだ!」
カナタは即座に首を横に振った。
「あのシブチンで狡猾なインテリ眼鏡に金を借りようものなら、複利でトンデモない利子をふっかけられるか、この特区の利益の九割を永遠に吸い上げられるような極悪非道な契約書にサインさせられるに決まってる! あの男の思考の恐ろしさは、俺はよく分かってるんだ!」
クロードからの借金は、すなわち辺境伯領の下請けへの転落を意味する。トップとして、それだけは絶対に避けねばならない。
「しかし、無い袖は振れません。資金調達の当ては……」
「当て、当て……あっ」
唸っていたカナタの脳裏に、ふと昨日の別れ際の光景が蘇った。
そういえば、あの戦いのドサクサの後、王都へ帰還する新王オズワルドが、ニコニコと微笑みながら一通の封筒をカナタの胸ポケットにねじ込んできたのだ。
『君の目指す王道、楽しみにしているよ。……本当に困った時、これを読みたまえ』
「そうだ、オズワルド陛下からの手紙!」
カナタは慌てて執務机の引き出しを開け、王家の紋章の蝋印が押された豪奢な封筒を取り出した。
(頼む……! 金一封、いや、王立銀行の小切手であってくれ……! 千万ルピア、いや百万ルピアでもいい……!)
祈るような手つきで蝋印を割り、中身を取り出す。
しかし、豪奢な封筒の中から出てきたのは、ペラペラの適当な羊皮紙が一枚だけ。そこには、金貨の引換券でも小切手でもなく、ただ走り書きのような崩れた字で、数行の文章が書かれているだけだった。
「……なんだこれ。小切手じゃないのかよ」
カナタは深くため息をつき、がっくりと肩を落とした。
やはり他人に頼ろうとしたのが間違いだったのだ。王様とはいえ、タダで資金援助してくれるほど世の中は甘くない。
「……ん?」
それでも、一応目を通しておこうと、カナタはその適当な数行の文章を読み始めた。
『一、魔の森特区における関税および法人税を、今後十年間、完全に免除する』
『二、同特区を王国法から独立した【特別経済自治区】として認定する』
『三、同特区内での、独自の通貨発行権を認める』
『 ――国王 オズワルド・フォン・エルメス』
「…………ッ!!!」
読み進めるにつれ、カナタの目が限界まで見開き、瞳の奥に凄まじい輝きが宿り始めた。
手が震え、呼吸が荒くなる。
「か、カナタ様? いかがなさいました?」
普段は冷静なヴィンセントが訝しむほど、カナタの顔は紅潮していた。
「ヴィンセント……これは、小切手なんかじゃない。一千万ルピアや一億ルピアの現金をもらうよりも、何百倍もヤバい代物だ……!」
カナタは興奮のあまり立ち上がり、バンッ! とそのペラペラの紙を机に叩きつけた。
「関税ゼロの完全免税特区! つまりここは、王国中の商人が莫大な税金を逃れるためにこぞって金を落としに来る『巨大タックスヘイブン(租税回避地)』になるってことだ!! しかも独自の通貨発行権まである! ここを中継貿易港にすれば、座っているだけで莫大な手数料が永遠に入り続けるシステムが完成する!!」
元・王都の経理官として、現金出納帳の数字を合わせることに心血を注いできたカナタの頭脳が、爆発的な勢いで回転し始めた。
「あのオズワルド陛下……飄々としておきながら、とんでもないカードを切りやがった! これならクロードに頭を下げる必要はない。むしろ、辺境伯領の商会の方から『特区に出店させてくれ』と泣きついてくるはずだ!」
「……なるほど。物理的な資金ではなく、『金を生み出す絶対的なシステム(権利)』を授けたと」
事態を正確に理解したヴィンセントも、執事としての完璧な笑みを深くした。
「さすがは一国の王。素晴らしい手土産です。これならば、私のオペレーションも存分に活かせますね」
「ああ! 早速、王都と周辺諸国の有力商会に向けて『免税特区設立』の招待状を送るぞ! 一番金を持ってる商人たちを一本釣りするんだ!」
現金不足という最大の危機は、国王からのとんでもない白紙委任状によって、無限の可能性を秘めた最強のビジネスチャンスへと変貌した。
魔の森を、人間と魔族が交わる世界一の経済特区にする。
「さあ、忙しくなるぞ……! 徹底的に稼いで、誰も手出しできない最強の街を作ってやる!」
目を爛々と輝かせる魔王(元・経理官)と、優雅に一礼する真紅の執事。
筋肉と暴力の時代は終わりを告げ、ここからは知略と経済、そして帳簿の数字が世界を動かす『スローライフ(領地経営)』が本格的に幕を開けるのだった。
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