超展開
極限まで高められた魔王カナタの漆黒のオーラと、ジークの爆発的な物理エネルギー。
二つの規格外の力が闘技場の中央で激突しようとした、まさにその刹那であった。
「――そこまでだッ!!」
実況席から、純白のマントを翻して一人の青年が闘技場の中央へ舞い降りた。
新王オズワルドである。
彼は両手を広げ、激突寸前のカナタとジークの間に堂々と立ちはだかった。
「陛下ッ!? 危険です、何故あのような真似を!」
控え席のクロードが珍しく狼狽して立ち上がる中、オズワルドはバサァッ!とマントを翻し、カナタに向かって厳かに、そして高らかに宣言した。
「よく聞きたまえ、若き魔王よ! 王たるもの、安易に自らの手を汚す、ましてや敗北するやもしれぬ勝負などしてはなりませぬぞ!!」
「「…………は?」」
その場にいたカナタとジークの動きが、完全にピタリと止まった。
二人の脳内で、全く同じツッコミが同時に発生する。
(いや、この人……何言ってんだ?)
(さっき中堅戦で、自分からウキウキで闘技場に降りて戦ってた奴が、どの口でそれを言うのだ?)
完全なるダブルスタンダード。あまりの説得力のなさと特大のブーメラン発言に、覚醒状態にあったカナタの集中力がプツリと切れかけた、その時である。
『ギェェェェェェェェッ!!』
突如として、上空から鼓膜をつんざくような甲高い咆哮が響き渡った。
空を覆う暗雲を突き抜け、巨大な影が闘技場へと急降下してくる。
しかし、その巨体はドスーン!と乱暴に墜落するのではなく、まるで計算し尽くされたバレエダンサーのように、ふわり、と『優雅に』石畳の上へと着地を決めたのである。
漆黒の鱗、赤く輝く双眸。
かつて極東の地でジークと烈魁皇の前に敗れ去り、光の粒子となって消滅したはずの魔王軍四天王――黒竜将ガロンであった。
「ガ、ガロン!? なんで生きてるのよォォォッ!! 私のあの涙の別れを返してよォォォ!!」
控え席でリリスが悲鳴を上げる。
『フフフ……。死の淵を彷徨っていた私に、あの白衣の御方が「貴重な竜の検体だから」と、ドロドロに発光する薬を飲ませてくれましてね。おかげで死の運命を超越し、以前よりも無駄のないスマートな肉体と、エレガントな精神を手に入れました』
ガロンは巨大な竜の姿でありながら、前足を胸に当てて執事のように優雅な一礼をしてみせた。諸悪の根源たるお姉ちゃんの蘇生薬の被害者が、ここにもう一匹増えていたのだ。
ガロンは赤い瞳を細め、嬉しそうにジークを見つめた。
『さあ、強き漢よ! 先の続きをしようぞ! そこの王よ、危ないですからお下がりください!』
その言葉を聞いた瞬間、ジークの瞳に狂喜の炎が灯った。
「ふははははは! ガロン、生きていたか! しかも以前より魔力の質が洗練されているではないかッ!」
ジークは、目の前にいた魔王カナタの存在など完全に脳内から消去し、黒鋼の大槍をガロンへ向けて構え直した。
「よろしい! 受けようッ! どこまで強くなったか、見せてもらうぞ黒竜ゥゥゥッ!!」
『いざッ!!』
ズドォォォォォォォォォンッッッ!!!
ジークの大槍とガロンの爪が激突し、先ほどの副将戦を凌駕するほどの凄まじい衝撃波が闘技場を吹き荒れた。
「素晴らしい一撃だッ!」
「フフフ、そちらも相変わらずの腕力ですねッ!」
完全に二人の世界に入り込み、熱いバトルを再開してしまう戦闘狂たち。
オズワルドも「やれやれ、楽しそうなことだ」と優雅に実況席へと戻っていった。
そして、闘技場の中央
「…………」
凄まじい爆風と土煙が舞う中。
たった今、「王としての責任」と「仲間を守る覚悟」に目覚め、津波のような漆黒の魔力を全身から立ち昇らせていた魔王カナタは、大剣を構えたポーズのまま、完全に『置いてきぼり』にされていた。
(えっ……俺の、覚醒イベントは……? この漲る力と、熱い決意は、どこにぶつければ……)
すぐ横では、ジークとガロンが楽しそうに石畳を粉砕しながらキャッキャと命のやり取りをしている。
誰もカナタを見ていない。
「……あのー」
声をかけてみるが、激しい剣戟の音にかき消される。
カナタは行き場のない莫大な魔力を持て余したまま、肩を落とし、ただ一人、暴風吹き荒れる闘技場のど真ん中でポツンと立ち尽くすのだった。
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