真の覚醒
静寂の中、カナタは自身の震える両手を見つめていた。
(俺は今、あのジークさんと互角に……いや、それ以上に打ち合っていたのか?)
極限の集中の中で交わした、数千、数万の剣戟。物理界最強と謳われるバケモノと、一歩も退かずに渡り合った事実が、カナタの脳髄を芯から痺れさせた。
ゆっくりと視線を上げれば、すり鉢状の闘技場から固唾を呑んで見守る観客たちの姿が見える。人間、オーク、ダークエルフ、ゴブリン。
そして控え席には、完璧な執事ヴィンセント、元部下のリリス、がめついチャチャ、武の求道者たる烈魁皇。
彼ら全員が、自分たちを見つめている。
(そうだ。俺はもう、王都のしがない経理官じゃないんだ)
カナタの胸の奥で、カチリと何かが噛み合った。
大切な特区。そこに集う仲間たち。彼らを守るべき、絶対的な存在――『魔王』
これまでの自分は間違っていた。
帳簿の数字が一ルピア合わないと嘆き、闘技場の修繕費に怯え、細々とした実務を一人で背負い込んでピーピーと泣き喚く。
それは単なる『一担当官』の視点に過ぎなかった。
『統べる』ということは、些末な実務を一人で抱え込むことではない。全責任を負う覚悟を持つことだ。
現場の細かな作業や金勘定は、ヴィンセントのような最高に優秀な部下たちを信じて権限を『委譲』すればいい。
王たる者の真の務めとは、彼らからの報告やデータで全体を把握し、適切に管理し――そして、組織を脅かす理不尽な暴力に対しては、トップとして矢面に立ち、絶対的な力で皆を守り抜くことなのだ。
小役人のような心の枠組みの中で魔力を制御していたカナタの精神が、真の統治者の視点へと次元上昇を果たしていく。
「――おいおい、戦いの途中でぼーっとするなんて自殺行為だぜ?」
ふいに、ジークの野性味あふれる声が静寂を破った。
大槍を肩に担ぎ、獰猛な笑みを浮かべる最強の戦闘狂。彼から放たれる殺気すらも、今のカナタには恐ろしいものではなく、ただの「処理すべき課題」として極めて冷静に受け止めることができた。
カナタはゆっくりと顔を上げた。
その瞳からは、これまでの怯えや迷いが完全に消え去り、深淵を覗き込むような絶対者としての静謐な光が宿っていた。
「……ありがとう、ジークさん。おかげで目が覚めたよ」
カナタの声は決して大きくはなかったが、闘技場の隅々にまで、不思議なほどの重みを持って響き渡った。
「僕は間違っていた」
彼が静かにそう呟いた、次の瞬間。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォォォッッッ!!!!
カナタの足元から、これまでとは次元の違う、文字通り『津波』のような漆黒の魔力が天に向かって巻き上がった。
それは暴発ではない。一担当者の小さな器から、一国の王としての「国家予算」という無限の器へと、魔力の制御規模が完全に切り替わった証であった。
凄まじい魔力の奔流が闘技場を包み込み、空を覆っていた分厚い暗雲を円形に吹き飛ばしていく。
星空が覗く闘技場の中央で、津波のような魔力を背負って立つその姿は、紛れもなく、この魔の地を統べる『魔の王』そのものであった。
お読みいただきありがとうございました。
もし「面白かった!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、ページ下部にある【ブックマークに追加】や、【☆☆☆☆☆】の評価を押して応援していただけると、今後の執筆の何よりの励みになります!
次回もどうぞよろしくお願いいたします。




