トラッシュトーク
熱狂の渦に包まれた中堅戦が終わり、闘技場はしばしの休憩時間に入った。
松明の火がパチパチと燃える中、実況席ではチャチャがマイクを握り直していた。
『さあ皆様、興奮冷めやらぬ特設コロシアムですが、ここで実況席に先ほどの激闘を終えたゴードン選手が戻ってまいりました! ゴードンさん、素晴らしい舞踏でしたね!』
「ああ、チャチャ殿。敗れはしたが、我が戦評の歴史において最も美しく、そして誇り高き一敗だった。新王の剣技、まさに至高……」
ゴードンが清々しい汗を拭いながら熱く語っていると、ふわりと、上質なオーデコロンの香りが実況席に漂った。
「同感だ。私にとっても、君の冷静な分析と重厚な斧のステップは、最高のエスコートだったよ。ゴードン殿」
『……ん?』
チャチャが隣を振り返ると、そこには純白のマントを羽織った金髪の青年――たった今、ゴードンと戦っていたはずの新王オズワルドが、なぜかニコニコと微笑みながらパイプ椅子に腰掛けていた。
『ちょッ!? なんで国王陛下が実況席に座ってんねん!!』
「いやあ、闘技場の下からでは全体が見えなくてね。ここからの眺めが一番良さそうだったから、お邪魔させてもらったよ。解説でもなんでも手伝おう」
「光栄の極み。では陛下、次なる戦いの戦力分析を共に……」
『なんやこの空間!? なんで解説が国のトップと魔族のインテリゴリラに増えとんねん!! ……まあええわ、ヤケクソや! 好きに喋ってや!!』
ツッコミを放棄したチャチャのヤケクソ気味な実況と共に、いよいよ大会は終盤戦へと突入する。
『さあ皆様、お待ちかね! 勝負の行方を左右する大一番、副将戦の開始でーす!!』
銅鑼の音が重々しく鳴り響く。
魔王軍の控え席から静かに歩み出たのは、一切の乱れもない漆黒の燕尾服を身に纏い、白手袋をはめた長身の美青年。
魔王軍最後の四天王にして、カナタの右腕――『真紅の執事』ヴィンセントである。
対する辺境伯陣営のゲート。
そこから現れた人物の姿を見て、実況席のゴードンが「ほう」と感嘆の息を漏らした。
現れたのは、知的な銀縁眼鏡をかけ、仕立ての良い細身の軍服を隙なく着こなした男。手には、緻密な装飾が施された一本の『指揮棒』を持っている。
レオンハルト家現当主にして、冷酷無比な天才参謀――次男のクロードであった。
『辺境伯陣営の副将は、なんと現当主クロード様です! お互いに陣営の【頭脳】と【実務】を担うナンバー2同士の対決となりました!』
闘技場の中央で、吸血鬼の執事と天才参謀が対峙する。
武力と武力がぶつかり合った先ほどの試合とは全く異なる、氷のように冷たく、そして極限まで研ぎ澄まされた理知的な殺気が場を支配した。
「……お初にお目にかかります。レオンハルト家当主殿」
ヴィンセントが胸に手を当て、完璧な角度で優雅に一礼する。
「丁寧な挨拶痛み入るよ、吸血鬼の執事殿。しかし……」
クロードは眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、冷たい笑みを浮かべた。
「貴殿の主(カナタ殿)の経理能力には感服するが、この闘技場の『減価償却費』の計算は甘すぎるのではないかな? 建設からわずか数時間でこの全壊ぶりだ。我が領地の財務省ならば、絶対に稟議を通さない無駄な投資だ」
開幕から放たれた、まさかの『経理』を巡るトラッシュトーク。
「ご案じなく。損壊による修繕費は、全てこの大会の興行収入と、貴殿のセリア姉上様の次期研究予算を差し押さえることで相殺済みです」
ヴィンセントもまた、涼しい顔で即座に切り返す。
「ほう……。姉上の研究費を
削るというその手腕、我が家にもぜひ引き抜きたい逸材だ。だが、机上の数字遊びと実戦の『戦術』は違うぞ。貴殿の完璧な計算式、私の指揮棒で全て狂わせてやろう」
「お戯れを。私の在庫管理に、一ルピア、一秒の狂いも生じることはありません。貴方様の命の残数も、すでに私の計算の内です」
カチャッ。
クロードが手にした指揮棒に魔力を込めると、空気中に幾何学的な魔法陣が展開された。
対するヴィンセントも、両手の指の間にキラリと光る銀のナイフを複数本挟み込み、妖しく赤い瞳を細める。
常に規格外の身内や主に振り回され、裏で胃を痛めながら組織を回してきた二人の『最高峰の実務担当者』たち。
互いの底知れぬ実力を測り合い、不敵な笑みを浮かべた瞬間――闘技場に、開戦の銅鑼が鳴り響いた。
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