中堅戦1
『さあ、興奮冷めやらぬ特設コロシアム! 次はいよいよ中堅戦でーす! 両陣営、一体誰を出してくるんでしょうか! ゴードンさん、この流れだと次はテクニック重視の戦いになりそうですかね? ……って、あれ? ゴードンさん?』
実況席でマイクを握るチャチャが隣を振り返ると、先ほどまで的確すぎる解説をしていた毛皮の巨漢の姿が、忽然と消え失せていた。
「ゴードンなら、あそこだ」
下から聞こえた声にチャチャが闘技場を見下ろすと、そこにはいつの間にか実況席から飛び降り、リングの中央で腕を組んで立つゴードンの姿があった。
『ちょッ!? 解説ゥゥゥ!! あんた何してんねん!!』
「すまない、チャチャ殿。ペンを握り、外から武の真理を語るのも悪くはないが……先ほどの前当主と烈殿の熱い打ち合いを間近で見せられては、かつて修羅界を生き抜いたヴァイキングとしての血が騒いでしまってな。魔王軍の中堅は、このゴードンが務めさせてもらう」
ゴードンは伊達眼鏡を外し、懐から二振りの手斧を取り出して不敵に笑った。
評論家としての冷静な分析力と、狂戦士としての暴力性が融合した、極めて厄介な闘気が闘技場に立ち込める。
「えっと……うちの中堅、あの解説のおっさんになっちゃったけど、いいのかな……」
控え席で困惑するカナタ。しかし、本当に問題なのは、対する『辺境伯陣営』から進み出てきた人物の方であった。
「――素晴らしい熱気だ。王都の騎士団の演習より、よほど心が躍るよ」
辺境伯陣営から姿を現したのは、上質な純白のマントを羽織り、腰に細身の剣を差した、金髪の優雅な青年であった。
彼の登場に、現当主クロードと前当主レオンハルト、そしてジークまでもが、その場に片膝をついて臣下の礼をとった。
「な、なんだあの兄ちゃん? レオンハルト一家が全員ひざまずくなんて……」
カナタが嫌な予感を覚えて震え出した時、クロードが眼鏡を押し上げながら淡々と告げた。
「紹介しよう。我が陣営の中堅は、極東の特区視察のため、王都よりお忍びで当家へ滞在されていた……新王オズワルド陛下だ」
「…………はい?」
カナタの思考が停止した。
新王。つまり、この国を統べる国家元首その人である。
「バ、バッカじゃないの!? なんで国王陛下がこんな野蛮な闘技場に出てきてんのよ!!」
リリスが頭を抱えて絶叫する。
「止めろ! 今すぐ止めろォォォッ!! 万が一、魔王軍の攻撃が陛下に当たって傷でもついたら、『国家反逆罪』でこの街ごと討伐軍に焼かれるだろうが!! リスク管理どうなってんだおまえらァァァッ!!」
元・王都の経理官であるカナタにとって、国王の負傷は『予算の赤字』どころの話ではない。文字通りの一族郎党の首が飛ぶ、絶対的なコンプライアンス違反である。
しかし、当の辺境伯一家はといえば。
「ふはははは! 陛下みずから剣を握られるとは! これは胸が熱くなるな!」(ジーク)
「うむ! 若き王の剣捌き、とくと拝見いたそう!」(前当主)
「……警護の騎士団長は酔い潰れているし、止める者もいない。まあ、御身の鍛錬にはちょうど良いだろう」(クロード)
止めるどころか、全員がニコニコと見守る体制に入っていた。辺境伯家には、王族相手だろうと『脳筋』しか存在しなかったのである。
「もう終わりだ……俺のスローライフ、第一回の親睦会で終わった……」
カナタが真っ白になって吐血しかける中、闘技場の中央で、ゴードンと新王オズワルドが対峙した。
「一国の王が相手とは。我が分析と戦斧のサビにしては、少々極上すぎるな」
「気にするな。ここでは私も、ただの一人の剣士だ。さあ、来たまえ評論家殿」
オズワルドがレイピアを優雅に構えた瞬間。
ゴードンが地を蹴った。
「――重心は左! 踏み込みの予備動作から、初手は突きと見たッ!」
ゴードンは評論家としての完璧な『眼』でオズワルドの動きを予測し、その切っ先を最小限の動きで躱しながら、凶悪な手斧を振り下ろす。
しかし。
「ほう。見切りも早い。だが……」
オズワルドは躱されたはずのレイピアの軌道を、手首の返しだけで空中で滑らかに反転させた。
攻撃から回避、そして次のステップへの移行が、水が流れるように美しい。ゴードンの手斧は、オズワルドの残像を切り裂くだけで、その優雅な身のこなしを捉えることができない。
「な、なんと……! 攻撃の重心を瞬時に切り替え、反撃のベクトルへと変換している! まるで……」
『まるで、華麗な舞踏会を見ているようですゥゥゥッ!!』
一人実況席に残されたチャチャが、興奮のあまりマイクに叫ぶ。
『ゴードン選手の計算し尽くされた猛攻! それをひらりひらりと躱し、レイピアで優雅に反撃を刻むオズワルド選手! 力と技、静と動! これは殺し合いではありません、二人の戦士による極上の『ワルツ』でありますッッ!!』
チャチャの実況の通り、二人の戦いは凄惨な流血戦ではなく、極めて高度な技術の応酬となっていた。
ゴードンの重い戦斧の連撃に合わせ、オズワルドがレイピアで軽やかにステップ(メロディ)を刻む。金属がぶつかり合う甲高い音が、まるでオーケストラの楽器のように闘技場に鳴り響く。
「はははッ! 素晴らしい! 評論家殿の分析力、実に踊り甲斐がある!」
「王室の剣術、これほどまでに洗練されているとは! 我が戦評の歴史に、新たな一ページが刻まれたわッ!」
互いに笑顔を浮かべ、剣と斧を交えながらステップを踏む二人。
観客たちも、そのあまりにも美しい「闘いのワルツ」に魅了され、もはや野次を飛ばすことすら忘れ、ただ息を呑んでそのステップに見入っていた。
「……あ、危なくない。これなら、陛下の身体に傷がつくこともない……っ」
冷や汗でビショビショになったカナタは、ヴィンセントが差し出した新しい胃薬を噛み砕きながら、二人の華麗なワルツを祈るような目で見守り続けていた。
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