先鋒戦 激闘の果て
空中の中央で、ミラの漆黒の大剣と、ディルクの極大魔力矢が激突する――!
誰もが闘技場の半分が吹き飛ぶことを覚悟し、目を閉じたその瞬間。
ピタリ、と。
暴風が嘘のように止んだ。
「……ッ!」
砂埃が晴れた闘技場の中央。
ミラの構えた大剣の刃はディルクの首筋の皮一枚のところでピタリと止まり、ディルクの指先に極限まで収束した魔力矢もまた、ミラの眉間からわずか数ミリの距離で寸止めされていた。
静寂が場を包む。
「……うふふ。見事な魔法制御ね。私の踏み込みに合わせて、威力を殺さずにこれほどの矢を寸止めしてみせるなんて。あと一ミリでもブレていたら、私の頭が吹き飛んでいたわ」
「貴女こそ。我が『魔王様』への愛を込めた矢を潜り抜け、この距離まで肉薄するとは。エルフの動体視力でも捉えきれぬその歩法、誠に恐れ入りました」
二人は同時にお互いの武器を下ろし、スッと立ち位置を戻すと、武人として極めて美しい礼を交わした。
歴戦の戦闘者と、深奥を生き抜いたダークエルフの長。彼らは一撃を交える寸前のそのコンマ数秒の間に、互いの実力と覚悟を完全に測り合い、これ以上の無意味な殺し合いは不要と悟ったのだ。
「先鋒戦、両者引き分けッ!!」
審判の声が響き渡る。
カナタは「よかった……闘技場が全壊せずに済んだ……!」と、安堵のあまり椅子からずり落ちていた。
しかし、その結末に納得がいかないのは、血の気ばかりが多い観客たちであった。
『ブーッ! なんだよ引き分けかよ!』
『最後までやれや! 血が見たいんだよこっちは!』
『せっかくの祭りが台無しだぞ! ちゃんと殺し合えー!』
客席から、心無い野次とブーイングが飛び交い始める。
宴の熱気にあてられた観客たちは、互いを称え合う二人の高度なやり取りを理解できず、ただ派手な流血だけを求めて騒ぎ立てたのだ。
その時だった。
魔王軍の控え席から、烈魁皇が闘技場の中心へ向けてゆっくりと歩み出た。
そして、丹田に深く息を吸い込むと――。
「喝ァァァァァァァァァッッッ!!!」
大気を震わせ、観客席の全ての者の鼓膜と魂を直接殴りつけるような、凄まじい獅子吼が闘技場全体に轟いた。
騒いでいた数千人の観客が、一瞬にしてカエルのように口を閉ざし、硬直する。
烈魁皇は鋭い眼光で客席を睨みつけ、静かに、だが肚の底に響く声で言い放った。
「安全な柵の外から、闘わずして騒ぎ立てるだけの輩がッ! 己の命を天秤に掛け、闘いを通じて互いの技量と魂を認め合った者同士の神聖なる決着に介在するなど……烏滸がましいにも程があるッッ!!」
「ヒッ……!」
最前列でヤジを飛ばしていたオークや人間の傭兵たちが、烈魁皇の放つ圧倒的な「本物の武人」の覇気に当てられ、腰を抜かして震え上がった。
「彼らが見せたのは、暴力の応酬などではない! 互いの命を尊重し合う『武の理』そのもの! それを愚弄する者は、この烈魁皇が相手になるッ! 文句のある者は今すぐこの場へ降りてくるがいいッ!」
シーン……と、闘技場は文字通り水を打ったような静けさに包まれた。
誰一人として、彼と目を合わせることすらできない。
「……ふん。ならば良しッ!」
烈魁皇は満足げに頷くと、引き上げてくるディルクの肩を力強く叩いた。
「見事な寸止めであった! 貴様のような『男』ならば、中国四千年の歴史も大いに歓迎しようぞッ!」
「光栄です、拳法家殿! さあ魔王様、私の勇姿、しっかりと目に焼き付けていただけましたでしょうか!」
「あ、ああ……めちゃくちゃ助かったよ、ありがとう……」
手を振ってアピールしてくるディルクに、カナタは苦笑いしながら手を振り返した。
「うむ! 素晴らしい先鋒戦だった! そして烈魁皇殿の一喝も実に見事! これぞ武の祭典だな!」
辺境伯陣営の控え席では、ジークが腕を組んで上機嫌に笑っていた。
「さあ、会場の空気も最高に引き締まったことだ。このまま次鋒戦へと移ろうじゃないか!」
熱狂と野次は消え去り、そこにあるのは純粋な闘争への敬意と緊張感。
最高の舞台が整えられた特設闘技場で、いよいよ波乱の次鋒戦の幕が上がろうとしていた。
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