異種族間焼肉大会からの…
「――というわけで、居住区画の建設とインフラ整備は順調に進んでいる。だが、やはり現場レベルでの小競り合いが絶えないようだな」
真新しいギルドハウスの巨大な円卓。
現当主であるクロードが、ヴィンセントの作成した報告書に目を通しながら眼鏡を押し上げた。
『魔の森』の開拓が軌道に乗り始め、辺境伯家と魔王軍(現・特区管理委員会)による初の合同会議が開かれていた。
議長席に座る魔王カナタは、胃の痛みを堪えるように眉間を揉んだ。
「ええ……。人間の木こりとオークの建築作業員が『どちらの丸太運びが美しいか』で乱闘騒ぎを起こしたり、ダークエルフと人間の魔法使いが『効率的な火起こし』の解釈違いでボヤ騒ぎを起こしたり……。いくらトップ同士が平和を掲げても、やはり種族間の偏見と文化の違いは根強いようです」
カナタの隣で、ヴィンセントが「修繕費のリストです」とそっと帳簿を差し出す。その赤字の数字の羅列を見て、カナタはさらに深くため息をついた。
「これ以上の諍いを防ぐには、何か劇的な『相互理解の場』が必要だ。何か良い案はないですか?」
クロードの問いかけに、円卓が静まり返る。
その時、腕を組んで目を閉じていた烈魁皇が、カッと目を見開いて立ち上がった。
「相互理解など、極めて単純な話ッ! 共に卓を囲み、同じ肉を喰らえばよいのだッ!」
「……肉、ですか?」
「左様ッ! 中国四千年の歴史においても、宴は最大の外交手段! 共に火を囲み、極上の脂を落とした肉を頬張る『焼肉』こそが、種族の壁を越える最強の融和政策であると断言するッ!!」
烈の力強い提案に、これまで会議で一言も発していなかったジークが弾かれたように身を乗り出した。
「うむ! 素晴らしい提案だ烈魁皇殿! 共に魔物を狩り、共に喰らう! これ以上の友好があろうか!」
「いや、狩らなくていいです! 市場から買いますから!」
カナタが慌てて制止するが、クロードまでもが「……なるほど。腹を割って肉を食う。辺境の領民にも分かりやすい」と納得してしまった。
かくして、魔王カナタの決裁のもと、魔の森の中央広場にて人間と魔族合同の『超大型焼肉パーティー』が盛大に開催されることとなった。
――数日後の夜。
広場には無数の焚き火が焚かれ、ジークたちが文字通り『物理的にもぎ取ってきた』巨大な魔獣の肉が、網の上で香ばしい音を立てていた。
最初は互いに距離を取り、警戒し合っていた人間と魔族たちだったが……。
「さあ、我が特製ダレに漬け込んだ極上のハラミだッ! 食らうがいいッ!」
「焼き加減はミディアムレアで揃えております。お飲み物の追加はいかがでしょうか」
烈魁皇が絶妙な火加減で肉を焼き上げ、ヴィンセントが残像を残すほどの超高速かつ優雅な所作でジョッキに酒を注いで回る。
そのあまりの美味さと、アルコールの力があっという間に種族の壁を溶かしていった。
「ガハハハ! オークの兄ちゃん、なかなかいい筋肉してんじゃねえか!」
『ブモォ! 人間のオッサンも、美味そうに肉を食うゴブね! お代わり注ぐゴブ!』
あちこちでジョッキがぶつかり合う音が響き、腕相撲大会が始まり、笑い声が森にこだまする。
広場の隅でその光景を眺めながら、カナタはヴィンセントが淹れてくれた熱いお茶をすすり、安堵のため息をついていた。
「よかった……。これでやっと、無駄な破壊や賠償金から解放されて、平和な領地経営が始まるんだ……」
カナタが心からの平穏を噛み締めた、まさにその時である。
「――甘いッ!!!!!」
ドゴォォォォォォンッ!!
広場の中央で、巨大なオーク用の酒樽が素手で粉砕された。
カナタがビクッと肩を跳ね上げて振り返ると、そこに立っていたのは、全身を分厚い鋼の鎧で包んだ、岩山のような巨漢――辺境伯家の『騎士団長』であった。
彼は鼻息を荒くし、両手にジョッキを持ったまま、人間と魔族全員に向かって大音声で叫んだ。
「共に肉を食らい、酒を酌み交わす! 確かに素晴らしい宴だ! だがしかしッ! 互いの『武力』も測り合わずして、何が真の友好か!!」
「……はい?」
カナタの頭にクエスチョンマークが浮かぶ。
騎士団長は自身の極太の腕を天に突き上げ、熱弁を振るい始めた。
「腹を満たしただけで分かり合えるほど、我々辺境の民も、誇り高き魔族も柔ではないはずだ! 拳で語り合い、互いの魂の形を確かめ合ってこそ、背中を預けられる真の『隣人』となれるのではないかッ!!」
むちゃくちゃだ、脳筋の極みの理屈に、カナタは急いでクロードに視線を向け、「当主権限であの筋肉ダルマを止めてください!」と無言のSOSを送った。
しかし、クロードは眼鏡をキラリと光らせ、深く頷いたのである。
「……騎士団長の言う通りだ。武の優劣ではなく、互いの底を見せ合う儀式。辺境伯家として、受けて立とうではないか」
「なんでお前までそっち側なんだよ!!」
カナタの絶叫をよそに、ジークと烈魁皇が歓喜の雄叫びを上げて立ち上がった。
「ふはははは! さすが我が領地の騎士団長! 全くもってその通りだ! 辺境伯側として俺も出よう!」
「そうかッ! 宴の熱気そのままに武を競う! これぞ至高の親善試合ッ!私は魔王軍側として出場させてもらうッ!!」
「お前、俺の陣営じゃないだ
ろ」
チャチャが「あーあ、またアホどもが暴れ始めたで」と串焼きをかじり、リリスが「魔王様、救急箱とポーションの在庫は十分にありますから安心してください」とズレた慰めを口にする。
「……せっかく黒字化しそうだった予算が、また無駄な出費で消えていく……ッ!」
血の涙を流す元・経理官の悲鳴は、燃え上がる焚き火と、闘志を剥き出しにした人間・魔族たちの凄まじい歓声に完全に掻き消されていった。
平和な焼肉パーティーは一転、最強の筋肉と筋肉がぶつかり合う『第一回・魔の森親善武闘大会』へと雪崩れ込んでいくのだった。
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