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完璧令嬢の辺境開拓記〜私を捨てた王太子が国を傾けている間、私は辺境を世界一豊かな地にし、私は運命の人と世界一幸せになります〜  作者: 虹の箸
誠実魔王のスローライフまちづくり

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真紅の執事

「……数字が合わない。どうしても金貨一枚分、借方と貸方の数字が合わない……ッ!」


新設されたギルドハウスの執務室。魔王にして『魔の森』管理官となったカナタは、頭を抱えて唸り声を上げていた。


更地からのまちづくりは、想像を絶する事務作業の連続だった。資材の調達、魔族たちの居住区画の割り当て、そして何より恐ろしいのが、ジークと烈魁皇が毎日森から狩ってくる『規格外の魔物素材』の在庫管理である。


「カナタ様ぁ、お茶淹れましたよぉ……って、もう三徹じゃないですか! 少し休んでください!」


秘書役に任命されたサキュバスのリリスが、フラフラになりながらコーヒーを運んでくる。彼女もまた、慣れない書類仕事と、チャチャが持ち込む複雑な売上計算に完全にキャパシティを超えていた。


「休みたいさ! でも、この現金出納帳の僅かなズレを放置したままじゃ、経理官として見過ごせないんだ! どこだ、どこで計算が狂った……!?」


血走った目で帳簿と睨めっこするカナタ。強大な魔力など、事務作業の前では何の役にも立たない。

その時、執務室の扉が控えめに、かつ完璧なリズムで三回ノックされた。


「……失礼いたします。我が主(マイマスター)

静かに扉を開けて入ってきたのは、見覚えのある漆黒の燕尾服。

透き通るような白い肌に、血のように赤い瞳。魔王軍最後の四天王にして、最強の吸血鬼――『真紅の執事』ヴィンセントであった。


「ヴィンセント!? な、なんでお前がここに……!」

「我が主のいる場所が、私の仕えるべき場所。極東の城など捨て置き、海を渡って馳せ参じました。……しかし、いささかお疲れのご様子。どうやら、私の『専門分野』でお困りのようですね」


ヴィンセントは優雅に一礼すると、白手袋に包まれた指先でカナタの机に積まれた帳簿の山に触れた。


「えっ……ちょ、ちょっと待て! それはまだ未処理の……」

「ご案じなく。――『血の盟約ブラッド・オペレーション』」

ヴィンセントの赤い瞳が怪しく光った瞬間。

彼の影が幾筋ものコウモリのように無数に分かれ、それぞれが羽ペンや印鑑を握り取った。


バササササササッ!!

スタタタタタタタンッッ!!

目にも止まらぬ吸血鬼の超高速移動と、影による並列処理。

乱雑に積まれていた未処理の決裁書類が、空中で完璧に分類され、次々と承認の印を捺されていく。


さらに、ヴィンセントは一瞬にして過去一ヶ月分の帳簿の数字をその驚異的な動体視力でスキャンした。


「……なるほど。カナタ様が悩まれていた現金出納帳のズレ。原因は3ページ目、木材の売却益の項目ですね」


「えっ!?」

「おそらくチャチャ殿が、売上から手数料として金貨一枚分を『備品購入費』と偽ってピンハネし、自身の懐に入れています。そちらの項目を『仲介手数料』として別口で計上し直せば、一ルピアの狂いもなく帳簿は一致いたします」

スタァンッ!


ヴィンセントが最後に帳簿を美しく閉じ、カナタの目の前に差し出した。


完璧に整理された書類の山。そして、長時間カナタを苦しめてきた「現金の不一致」という経理の魔物を、いとも容易く、かつ優雅に退治してみせたのだ。


「……しゅ、しゅごい……」

カナタは震える手で帳簿を受け取り、あまりの完璧さに感動の涙をボロボロとこぼした。


「こんなに美しい貸借対照表、王都の財務省でも見たことがない……! お前、四天王なんて物騒なことやってないで、もっと早く俺の経理担当になってくれれば良かったのに!」


「もったいなきお言葉。吸血鬼ヴァンパイアは永遠の時を生きるゆえ、ミリ単位の在庫管理や、途方もない数字の計算など、退屈しのぎに最適なのです」


ヴィンセントが涼しい顔で微笑むと、今度は窓の外から凄まじい地響きが起きた。


「ふはははは! カナタ、ヴィンセント殿! 森の奥で『キング・オーク』の群れを見つけたぞ! 食料と建材の足しにしてくれ!」

「大豊作だッ! 早速解体して下ごしらえを始めようぞッ!」


窓の外では、ジークと烈魁皇が、家屋ほどもある巨大なオークを十匹ほどロープで縛り上げ、満面の笑みで引きずってきていた。


その凄まじい物量に、リリスが「また在庫管理の計算が振り出しに……!」と悲鳴を上げて白目を剥く。


だが、真紅の執事は微塵も動じなかった。

「……少々お待ちを。下処理ならば、私が致しましょう」

ヴィンセントは窓から優雅に中庭へ飛び降りると、懐から数本の銀のナイフを取り出した。


「――『鮮血の舞踏ブラッディ・ワルツ』」

銀の閃光が宙を舞う。

それはジークたちのような豪快な破壊の力ではない。極限まで研ぎ澄まされた、執事としての『奉仕』の力。


巨大なキング・オークたちは、一滴の血も無駄にされることなく、ほんの数秒のうちに最高級のステーキ肉、煮込み用のスジ肉、そして衣服用の毛皮へと、恐るべき精度で解体・分類されてしまったのだ。


「お、おおッ!? なんという見事なナイフ捌きッ! 肉の繊維を一切傷つけておらん!」

「これは!素晴らしい! これならすぐにでも極上の料理に取り掛かれるな!」


暴の化身である二人組ですら、その美しすぎる職人技に感嘆の声を上げる。

ヴィンセントはナイフを懐にしまうと、完璧なサイズに切り分けられた肉の横で、静かに一礼した。


「上質なロース肉は冷蔵庫へ。毛皮は防寒具の素材として倉庫のB区画へ納品済みです。在庫台帳もすでに更新してあります」


そして彼は、いつの間にか用意していた銀のトレイから、最高級の茶葉で淹れた紅茶をカナタのデスクへとそっと置いた。


「さあ、我が主。帳簿の数字も合致したことですし、温かい紅茶で一息いれましょう」

「ヴィンセントぉ……お前ってやつは……!」


カナタは紅茶の香りに包まれながら、ようやく訪れた本物の「平穏」に深く息を吐き出した。


力ずくで全てを更地にするゴリラたちと、金にがめつい案内人と、マッドサイエンティストの妻。そんなカオス極まるまちづくりにおいて、ヴィンセントはまさにカナタにとっての『救世主』であった。


「……決めた。ヴィンセント、お前今日からこの街の『統括本部長(COO)』な。俺の右腕として、この街の経理と物流を仕切ってくれ!」

「御意に。この命に代えましても、主の帳簿とティータイムはお守りいたしましょう」


吸血鬼の執事によるバックオフィス支援を得て、魔王のまちづくりプロジェクトは、ついに運営体制を整え、新たなフェイズへと突入していくのだった。


お読みいただきありがとうございました。

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