魔の森を開拓しよう!
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辺境伯領の地下研究室で巻き起こった、大剣と拳と魔法が飛び交う前代未聞の家族喧嘩から数日。
事態の収拾を図ったのは、現辺境伯であり、冷酷無比な天才参謀の異名を持つ次男・クロードであった。
彼は城の応接室に一行を集めると、分厚い羊皮紙の束をテーブルに置き、眼鏡の奥の鋭い瞳で魔王(元・経理官)のカナタを見据えた。
「――単刀直入に言おう。カナタ殿。貴殿には当家の長女セリアの婿として、我が辺境伯領の東端に広がる『魔の森』の管理官に就任していただきたい」
「魔の森の、管理官……?」
カナタは出された温かい紅茶を両手で包み込みながら、オウム返しに呟いた。
「いかにも。極東で魔王が誕生した影響で、我が領地の森にも多数の魔族や強力な魔物が住み着くようになってしまった。討伐するのも一つの手だが……私はそこに『新たな経済価値』を見出した」
クロードは悪びれもせず、美しい笑みを浮かべた。
「魔族の持つ未知の技術や素材、そして人間の持つ文化。これらを交わらせる特区……『魔物と人が共存する新たな街』を開拓するのだ。強大な魔力で魔族を統べることができ、かつ、完璧な『経理の知識』を持つ貴殿ほど、このビッグプロジェクトの長に相応しい人材はいない」
要するに、「お前が魔王として魔物たちをまとめ上げ、ゼロから街を作って利益を出せ」という辺境伯家からの壮大な丸投げであった。
しかし、カナタの瞳は、数日ぶりに生き生きとした光を取り戻していた。
(ゼロから街を作り、予算を管理し、帳簿を完璧に仕上げる……! それはつまり、世界を滅ぼすとか勇者と戦うとかそういう物騒なことから離れて、平穏な『領地経営』に没頭していいってことか!?)
「やります! やらせてください!」
カナタは身を乗り出し、クロードと固い握手を交わした。
こうして、強大な魔力と完璧な経理スキルを併せ持つ魔王の、壮大なスローライフ(まちづくり)が幕を開けたのである。
――数日後。辺境伯領の東端、『魔の森』。
鬱蒼と生い茂る巨大な木々。陽の光すら届かない薄暗い森の入り口で、カナタは新しい帳簿と羽ペンを手に、大きく深呼吸をした。
「よし。まずは木を伐採して、生活の拠点となるログハウスと、俺の執務室を作るところからだな。予算は限られているから、効率よく……」
「任せておけ、カナタ!」
「よし! 新天地の開拓とは胸が躍るな!」
カナタが計画を立てようとした瞬間。
彼を護衛するためという名目で面白がってついてきたジークと、烈魁皇が前に出た。
「シィィッ!」
ジークが無造作に大槍を真横に薙ぎ払う。極限まで高められた物理的な暴風が吹き荒れ、見渡す限りの大樹が、まるで芝刈り機にかけられたように根元から綺麗に切断されていく。
「打岩ッ!!」
すかさず烈魁皇が跳躍し、空高くから大地に向かって渾身の拳を叩き込んだ。
ズドォォォォォォンッ!!
凄まじい衝撃波が森の起伏を完全に粉砕し、切り株ごと地面を押し固め、一瞬にして広大で平坦な『基礎工事』が完成してしまった。
「……えっと。伐採と整地、完了……」
カナタは引きつった顔で帳簿にチェックを入れた。
「ひゃっほう! これ全部最高級の建材やんけ! ウチが王都の商人に売り捌いて、まちづくりの初期資金(とウチの懐)をガッポリ潤したるで!」
チャチャが目をドルマークにして、切り倒された大量の木材の上で歓喜のダンスを踊っている。
「本当に、メチャクチャな人たちね……」
魔王の秘書というポジションにすっかり収まってしまった元・四天王のサキュバス、リリスが呆れたようにため息をついた。
「さあカナタ、基礎はできたわ! あとは私の開発した『超速硬化セメント』と、あなたの魔力があれば、一瞬で建物が建つわよ!」
カナタの腕に絡みつきながら、諸悪の根源たるマッドサイエンティストの妻、セリアが目を輝かせる。
「ああ、分かっている。……見てろよ、俺の魔力の本当の使い方を!」
カナタは静かに目を閉じ、烈魁皇とジークから叩き込まれた武術の『型』の呼吸法で、己の中の膨大な魔力を整えた。
暴走しがちなエネルギーを、精密な計算に当てはめるようにコントロールする。
「出力調整、完璧。魔力放出……『創造』!」
カナタの手から放たれた漆黒の魔力が、セリアの特殊な薬品と融合し、切り倒された木材を自動で組み上げていく。
釘一本使わず、魔力による完璧な構造計算によって組み上げられたのは、頑丈で美しい二階建てのギルドハウスであった。
「おおッ! 見事な手際だカナタ殿ッ!」
「ふははは、これで雨風を凌いで美味い飯が食えるな!」
あっという間に完成した拠点の扉を開け、カナタは一番奥の部屋へと向かった。
そこには、木材の温もりが残る、真新しい立派な『執務机』が鎮座している。
カナタは静かに椅子に腰掛け、真新しい帳簿を広げた。
インク瓶の蓋を開け、羽ペンを走らせる。カリカリという心地よい音が、真新しい部屋に響いた。
(ああ……これだ。世界征服なんかより、やっぱり俺にはこの静かな時間が一番合ってる……)
窓の外では、ジークが森の奥から晩ごはんとなる巨大な魔猪を仕留めて引きずってきており、烈魁皇が中華鍋を振るう準備をしている。
チャチャは金勘定に勤しみ、リリスとセリアがお茶の準備をめぐって小競り合いをしていた。
騒がしくも、どこか温かい。
規格外の仲間たちと共に、人間と魔族が笑い合える最強の街を作る。
魔王カナタの、帳簿と魔法と筋肉が交差するスローライフ領地経営が、今ここに始まったのである。
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