何でそうなる
なんか、キャラが暴走してむちゃくちゃになってきたのでどうしようかと…
極東の島国から海を渡り、一行はついに西の大陸――レオンハルト辺境伯領へと到着した。
領主の城の地下深く。常に怪しげな煙と薬品の匂いが漂う『隔離研究棟』の分厚い鉄扉を、ジークが無造作な蹴りで吹き飛ばす。
「姉上ッ! 貴女の無茶苦茶な領収書と薬品のせいで、とんでもない被害者が出ているぞ!」
土煙を晴らしながら乗り込んだジークたちの前で、白衣を着た長女・セリアはフラスコを傾ける手をピタリと止めた。
目の下には深いクマ。しかし、その瞳はジークの後ろで萎縮している『魔王』カナタを捉えた瞬間、獲物を見つけた肉食獣のようにギラリと輝いた。
「……素晴らしいわ」
セリアは一切の反省の弁を述べることなく、瞬動とも呼べる速度でカナタの眼前に迫った。
そして、無遠慮に彼の顔を覗き込み、腕の筋肉を揉みしだき、背中に張り付いて魔力器官の脈動を確かめ始める。
「す、すいません、くすぐったいんですが……!」
「驚異的! まさかあの未完成の蘇生薬が、生体内の魔力回路とここまで完璧な融合を果たすなんて! しかもあなたのこの肉体、莫大な魔力をキッチリ制御しているじゃない! ああ、なんて興味深い被検体なの!」
涎を垂らさんばかりの勢いでカナタに執着し、メジャーでスリーサイズまで測り始める姉の姿に、ジークは頭を抱えた。
「姉上、研究は後だ! 彼は元々、王都から派遣された優秀な経理官なのだ。君のせいで魔王に超転生してしまい、大変困っている。どうか、彼の身体を元の普通の人間に戻してやってくれないか」
ジークの言葉に、セリアはカナタの頬をペチペチと叩きながら、あっけらかんと言い放った。
「元に戻す? そんなの無理に決まってるじゃない」
「……は?」
カナタの声が凍りつく。
「だってあなた、あの馬車に轢かれた時、内臓も骨もグチャグチャになって一回完全に死んだでしょ? 今のその魔王の身体は、私の薬で魔素を固めて一から作り直した新しい器よ。元の身体なんて、とっくにこの世に存在しないわ」
「なっ……!?」
あまりにも身も蓋もない、そして不可逆な真実の宣告。
その言葉に、ジークはもちろん、騒ぎを聞きつけて駆けつけていた現当主のクロードも絶句した。
「そ、そんな……。俺は一生、この魔王の姿のまま……平穏なデスクワークには戻れないっていうのか……?」
カナタが膝から崩れ落ち、絶望の淵に沈む。
己の姉が引き起こしたあまりにも凶悪な医療過誤に、最強の辺境伯一家が気まずい沈黙に包まれた、その時である。
「――ならば、我らレオンハルト家が責任を取るしかなかろう」
ズシンッ、と。
城の地下が大きく揺れ、その声の主が現れた。
身長二メートルを優に超え、白髪の混じった顎髭を蓄えた筋骨隆々の巨漢。最強の物理力でかつて辺境伯領を治め、今なお隠居の身でありながら絶対的な権力を持つ前当主、レオンハルトその人であった。
「父上……!」
前領主レオンハルトは、腕を組み、絶望する魔王(元経理官)と、目を輝かせるマッドサイエンティストの長女を交互に見下ろした。
「セリアの蛮行により、一人の前途ある若者の人生を奪ったこと、レオンハルト家前当主として深く詫びよう。……もはや人間に戻れず、魔王として世界から追われる身となったのであれば、我が領地が全力で貴殿を保護する」
「ほ、本当ですか……!?」
カナタが希望の光を見出す。さすがは名門辺境伯の長、話が通じる立派な大人だ。
しかし、レオンハルトは鷹のように鋭い目でカナタを指差し、厳かに宣言した。
「うむ! 本日只今をもって、貴殿を『セリアの婿』として当家に迎え入れ、公的に保護することとする!! 夫婦となれば、セリアの暴走を一番近くで管理できる経理担当としても適任であろう! 結納の準備を進めよ!!」
「ええええええええええッ!?」
カナタとセリアの声が見事にハモった。
「なんでやねん!!」
「どういう理屈よそれ!!」
たまらずチャチャとリリスが、完璧なタイミングで猛烈なツッコミを入れた。
「保護するっていうか、一番危険なバケモノと同じ檻に一生閉じ込める終身刑やないか!! どんな責任の取り方やねん!」
「この筋肉親父、適当な理由つけて問題児の娘を押し付けただけじゃないの!? 魔王を婿にするって、辺境伯家のコンプライアンスどうなってんのよ!」
ツッコミが追いつかない。
現当主のクロードすら「……まあ、セリア姉上の研究費をカナタ殿が夫として厳しく監査してくれるなら、領地の財政的にはアリか……」と、天才的な頭脳で損得勘定を始め納得の表情を浮かべている。
カオス極まる家族会議が繰り広げられる中。
研究室の隅の方から、凄まじい風圧と衝撃音が連続して響いてきた。
「シィィィッ!!」
「シャァァァァァッ!!」
そこではなんと、クロードの妻であり、大剣使いのミラが、自らの身の丈ほどある巨大な剣を暴風のように振り回していた。
そして、その常識外れの剣圧を、異世界から来た拳法家・烈魁皇が、歓喜の笑みを浮かべながら素手で完璧に捌き切っているではないか。
「素晴らしい剣圧ッ! そして重い武器を振り回しながらも、暗殺者のように一切の足音を立てぬその歩法ッ! 中国武術においても、これほどの使い手にはそうそうお目にかかれんッ!」
「ふふっ、貴方こそ。私の大剣を素手で受け流すなんて、お義兄様以外に初めて会ったわ。もっと楽しませてちょうだい!」
義妹の乱入に、ジークもまた戦闘狂の血を騒がせて大槍を構えようとする。
「いいぞミラ!、俺も混ざって久しぶりに手合わせと行こうか!」
「いや混ざるなアホォォォ! 今それどころちゃうやろがい!!」
チャチャの喉が裂けんばかりの絶叫が、火花散る研究室に虚しく木霊する。
経理官は魔王になり、マッドサイエンティストの強制的な婿にされ。
最強の武人たちは、話し合いなどそっちのけで地下室を破壊しながら大乱闘を始める。
魔王討伐という目的は消え去ったいま、彼らはどこへ向かうのだろうか?
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