真の目覚め
ドゴォォォォォォンッッ!!
暗黒城の美しい中庭に、凄まじい爆発音が響き渡り、分厚い石城壁の一部が粉々に吹き飛んだ。
もうもうと立ち込める土煙の中で、カナタは真っ青な顔をして両手で頭を抱えていた。
「す、すいません! 今の、ちょっとくしゃみが出ただけで……!」
彼がただ「ハックション」と息を吐き出しただけで、溢れ出た魔力が極大の破壊魔法となって発射されてしまったのだ。
魔王としての強大なスペックを押し付けられたものの、カナタの中身はただの『真面目な経理官』である。魔力のオン・オフはおろか、出力調整という概念すら彼にはなかった。
「うむ、見事な破壊力だ! だがカナタ、それでは街を歩くこともままならないな」
ジークは吹き飛んだ城壁を見て豪快に笑い飛ばしたが、その瞳は武人としての鋭い観察眼を光らせていた。
「いかにもッ! 貴様の魔力は、決壊したダムも同然! 力そのものは強大だが、それを導く器が完全に欠落しているッ!」
烈魁皇が腕を組み、厳しく指摘する。
「器って言われても……俺、剣なんか握ったこともないし、体育の成績もずっと真ん中だったんですよ……」
「案ずるな。実戦形式の組み手など、今の君にやらせれば五秒で肉塊に変わってしまうからな」
ジークの恐ろしい宣告に、カナタの背筋が凍りつく。
「君に教えるのは戦い方ではない。己の肉体と精神、そして暴走するエネルギーを完全に掌握するための基礎中の基礎……『型』だ」
ジークは近くの瓦礫から手頃な木の棒を拾い上げると、それを剣に見立ててカナタへと手渡した。
そして、彼自身もスッと腰を落とし、一切の隙がない完璧な構えをとる。
「武術において高位の段位――一寸の狂いも許されない厳格な『型』の反復。呼吸、歩法、姿勢。その全てを理にかなった動きに収束させることで、君の中で暴れる魔力に『正しい通り道』を作ってやるのだ」
「左様ッ! 中国武術においても套路は命ッ! 百の技を知るより、一つの完璧な型を練り上げることこそが、極地への最短ルートと知れッ!」
こうして、元・経理官の魔王による、地獄の『型稽古』が幕を開けた。
「違うッ! 踏み込みの歩幅が三ミリ広いッ!」
「背筋が曲がっている! それでは力が逃げてしまう!」
来る日も来る日も、暗黒城の中庭で木刀を振らされるカナタ。
筋肉は悲鳴を上げ、全身は汗と泥にまみれた。ただ一つの素振り、ただ一つの足捌きを、それこそ何千回、何万回と反復させられる。
「あ、あかん……。あのひょろひょろの魔王、絶対死んでまう……」
「なんで私たちが、男たちの汗臭い特訓を見学させられてるのよ……」
木陰では、チャチャとリリスが冷たいお茶を飲みながらドン引きしていた。
だが、三日目の夕暮れ時。
全身の疲労が限界に達し、意識が朦朧とする中で――カナタの脳内に、ある**『閃き』**が舞い降りた。
(……待てよ。右足を踏み込み、腰を捻り、腕に力を伝える……。これって、俺がずっとやってきたことと同じじゃないか……?)
カナタの脳内に、数字がびっしりと書き込まれた帳簿が浮かび上がる。
借方と貸方。収入と支出。
(武術の『型』は、完璧に計算された数式なんだ。力の入力(借方)があれば、必ずそれを支える重心の移動(貸方)がある。俺の中で暴走している魔力は、言わば**『用途不明の莫大な現金』**だ)
現金出納帳のズレを放置すれば、組織の経理は破綻する。
同じように、魔力という巨大なエネルギーを無秩序に垂れ流すから、暴発するのだ。
(ならば、合わせてやる……! この莫大な魔力の数値を、ジークさんたちに教え込まれた『型』という完璧なフォーマットに、一寸の狂いもなく入力して……相殺させる!!)
「……ッ!」
カナタの構えが、劇的に変わった。
これまでの素人臭い力みが完全に消え失せ、まるで凪いだ水面のような静謐な自然体がそこにあった。
「ほう……!」
ジークが目を見張る。
「フゥゥゥゥ……」
カナタは静かに、細く長く呼気を吐き出しながら、ゆっくりと木刀を上段に構えた。
その瞬間、彼の周囲で嵐のように荒れ狂っていた膨大な黒い魔力が、まるで精密な計算式に吸い込まれるように、ピタリと木刀の刃筋へと収束していく。
用途不明のエネルギーが、『型』という帳簿を通して完全に精算されていく感覚。
カナタは、己の魔力を完璧に掌握した。
「いざ……ッ!」
カナタが一歩を踏み込み、すり足で前進。
重力、筋力、そして魔力。全ての数値を寸分違わず合致させた、完璧な『正面打ち』を振り下ろした。
シュラァァァァァァァァッッ!!!
木刀の軌跡から、極限まで圧縮された三日月型の漆黒の刃(魔力斬撃)が放たれた。
それは暴発による爆発ではなく、まるで名刀で斬り裂いたかのように、城壁のさらに向こうにある巨大な岩山を、音もなく真っ二つに両断したのである。
「「…………えええええええええッ!?」」
チャチャとリリスが、飲んでいたお茶を盛大に噴き出した。
「ふ、ふははははは! 素晴らしい! たった三日で型に魂を込め、己の力として昇華させるとは!!」
「見事な套路であったッ! 力の奔流を理でねじ伏せる、まさに文武両道の極致ッ!」
ジークと烈魁皇は、我が子の成長を喜ぶように拍手喝采を送っている。
「……できた。俺、魔力のズレを、完璧に合わせられた……!」
カナタは手の中の木刀を見つめ、経理官としての至上の喜び(帳簿の数字が1ルピア単位まで完璧に一致した時のあの快感)に打ち震えていた。
「ちょっと待って! あんた、なんでゴリラたちの教えを完璧に吸収してんのよ! 一般人設定どこ行ったのよ!」
リリスが頭を抱えて叫ぶ。
「アカン……このパーティ、ついに『魔法を物理の理屈で完璧に制御する経理官』まで爆誕してもうた……。もう誰もツッコミ追いつかへんで……」
チャチャは白目を剥き、その場に崩れ落ちた。
筋肉と四千年の歴史が導き出した『型』を、経理の理屈でマスターした魔王・カナタ。
暴走する力を掌握し、いよいよ彼らは、諸悪の根源たる姉セリアが待つ西の大陸へ向けて、第一歩を踏み出すのだった。
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