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完璧令嬢の辺境開拓記〜私を捨てた王太子が国を傾けている間、私は辺境を世界一豊かな地にし、私は運命の人と世界一幸せになります〜  作者: 虹の箸
完璧令嬢の辺境開拓記〜私を捨てた王太子が国を傾けている間、私は辺境を世界一豊かな地に育て上げます〜

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物理的帝国の狡猾な挟撃と、完璧令嬢の華麗なる分断策

『魔の森』を挟んだ国境地帯。辺境伯軍の本陣テントに、血と泥に塗れた甲冑姿のレオンハルトが戻ってきた。

その美しい顔には、いつになく深い焦燥と苛立ちが張り付いている。

「また撤退したか。……いやらしい戦い方だ」

兜を脱ぎ捨て、レオンハルトは忌々しげに舌打ちをした。

帝国軍の動きは奇妙だった。魔の森という危険地帯を薄く掠める進軍ルートで、魔族からの脅威を最小限に抑えながら、少数精鋭の部隊でゲリラ的な奇襲を繰り返してくる。辺境軍が迎え撃とうと前線を押し上げれば蜘蛛の子を散らすように退き、逆に本陣へ兵を戻そうとすれば執拗に背後を突いてくるのだ。

「彼らの狙いは、この国境線の突破ではない。俺たち辺境軍を、この場に釘付けにして時間を稼ぐことが目的なのだ」

歴戦の戦士としての本能が、レオンハルトにそう告げていた。

そこに、分厚い戦況報告書を抱えたセレスティアが静かにテントへ入ってきた。

「レオンハルトの考える通りですわ。……帝国は、私たちが想像するよりもずっと長い時間をかけて、この侵略の絵図を描いていたようです」

彼女は机の上に広げた巨大な地図に、赤と青の駒を置いていく。

「帝国軍の『本隊』は、すでに国境を迂回しています。彼らが向かったのは……防御機能が完全に崩壊している、王都方面です」

「やはり、そうか」

地図上の赤い駒が、無防備な王国領を怒涛の勢いで蹂躙し、大きく迂回して辺境伯領の「背後」へ迫る軌跡を描いた。

魔の森近辺の辺境領で辺境伯軍を足止めし、その間に別働隊の大軍で王都を制圧、そのまま辺境領を背後から挟み撃ちにする――それが、帝国の狡猾極まる『金床とハンマー』の戦略だった。

一筋縄ではいかない盤面に、二人が重い沈黙を落としたその時。

テントに一羽の伝書鳩が手紙を持って飛び込んできた。手紙は薄汚れてはいたが、王家の封蝋がされている。本物だ。

「……王都の、ユリウス王太子殿下からですわ」

手紙を開いたセレスティアの目が、スッと冷ややかに細められた。

そこには、あまりにも身勝手で厚顔無恥な要求が書き殴られていた。

『セレスティア! 帝国軍が王都に迫っている! 直ちに辺境軍を全軍率いて、私を助けに来い! さもなくば、私は王家の権限をもって帝国軍に降伏し、同盟を結ぶ! 帝国軍と王国軍が共同して、貴様らの辺境領を攻め滅ぼしてやるぞ!』

「……あの馬鹿は、どこまで腐っているんだ」

レオンハルトの黄金と蒼の瞳に、激しい怒りの炎が灯った。

自らが国を崩壊させた挙句、助けに来なければ敵に寝返って共に攻めるというのだ。あまりの卑劣さに、屈強な辺境の将軍たちも怒りで拳を震わせている。

だが。

ただ一人、セレスティアだけは違った。

彼女は手紙をパタンと閉じると、怒るどころか、扇で口元を隠してクスクスと艶やかに笑い出したのだ。

「セレスティア……?」

「ふふっ……ごめんなさい、あまりにも滑稽で。ですがレオンハルト、この王太子殿下の愚行こそが、私たちにとって突破口(かちすじ)になりますわ」

セレスティアはアメジストの瞳を鋭く光らせ、地図上の王都と帝国の駒を指し示した。

「軍隊というものは、命令の流れが一本で、指揮系統がしっかりとあってこそ真価を発揮するものです。昨日まで敵同士だった帝国軍と王国軍が、いきなり手を組んで機能するはずがありません。彼らは互いに腹を探り合い、不信感を抱いているはず。……ならば、その不信を『確信』に変えて差し上げれば良いのです」

「……分断策、か」

「ええ。密かに、そして巧妙にね」

セレスティアの美しい頭脳の中で、すでに必勝の盤面が組み上がっていた。

「まず、王太子殿下にはこう伝えましょう。『降伏はお止めください。帝国は降伏した他国の王族を、最前線の弾除け(肉の盾)として使い捨てる気です。辺境軍がすぐ救出に向かいますから、決して城門を開けず徹底抗戦してください』と」

死を極度に恐れるユリウスのことだ。この偽情報を信じ込めば、帝国軍を恐れて頑なに城に引きこもり、無駄に抵抗を始めるだろう。

「そして同時に、帝国軍の司令官には、王都に潜ませている間者を使ってこう囁かせます。『王太子の降伏要請は、辺境伯領のセレスティアが仕組んだ罠です。降伏調印式の場で、あなた方を暗殺する手筈になっています』と」

「なるほど!」

レオンハルトは膝を打った。

「帝国からすれば、あの無能な王太子が突然『自分から同盟を持ちかけてくる』こと自体が不自然だ。お前の言う通り、罠だと疑心暗鬼になる」

「その通りですわ。この兵力差ですから、帝国軍は降伏を受け入れず、むしろ殲滅すべく王都への総攻撃を強行するでしょう。そして王国側も、自分たちが弾除けにされると思い込んでいるため、死に物狂いで抵抗する。……結果として、両軍は王都の防壁を挟んで、無益な消耗戦を繰り広げることになります」

セレスティアは扇を閉じ、冷徹な微笑みを浮かべた。

「背後の脅威が同士討ちで自滅している間に、私たちは目の前の『魔の森の陽動部隊』は罠を張った上で、魔獣のスタンピートを起こして魔獣に殲滅してもらいましょう。我が方の兵の損耗を極限まで抑え……挟み撃ちの片側のアゴを砕き、王都との消耗戦で疲弊した帝国の主力を潰す。これで辺境領が護られるかと」

圧倒的な知略。自らの手を汚すことなく、敵の思惑を逆手にとって同士討ちへと誘導する恐るべき戦略眼。

レオンハルトは、背筋に冷たい粟立つような感覚を覚えながらも、目の前の妻のあまりの知略にゾッとすると同時に深く魅入られていた。

「君という人は……本当に、底知れないな。敵に回らなくて心の底から良かったと思うよ」

「あら。私はただ、愛する旦那様と領民の平穏を守りたいだけですわ」

セレスティアがふんわりと可憐に微笑むと、レオンハルトは苦笑しながら彼女の細い腰を抱き寄せた。

「いいだろう。王都での小細工は君に任せる。俺は、俺の仕事をするだけだ。……魔の森は俺の庭だ、スタンピートには嫌な思いばかりさせられて来たからな、たまには利用させてもらおう。うまくやるさ」

王家の卑劣な脅迫すらも利用し、反撃の牙を研ぐ辺境の夫婦。

完璧令嬢の謀略が静かに王都と帝国を侵食し始める中、辺境の男の真の武(しんこっちょう)が解放される時は目前に迫っていた。


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