邂逅
黒竜将ガロンの最期を見届けた一行は、リリスの案内のもと、ついに極東の島国の中心――禍々しい暗雲が渦巻く『暗黒城』へと辿り着いた。
天を衝くような漆黒の尖塔。生物の骨を削り出して作られたような、巨大で重苦しい城門。
「ここが……魔王城」
チャチャがゴクリと生唾を飲み込み、ジークの大きな背中に隠れる。
一行が城門の前に立つと、分厚い扉が、ギィィィ……と重々しい音を立ててひとりでに開いた。
そして、開け放たれたエントランスの中央に、一人の男が静かに立っていた。
非の打ち所がない、完璧に仕立てられた漆黒の燕尾服。
透き通るような白い肌に、血のように赤い瞳を持った、痩身で長身の美青年。
その姿を見た瞬間、リリスの顔から一気に血の気が引いた。
「嘘……。彼が、直々に出迎えるなんて……ッ!」
「知り合いか、リリス嬢?」
ジークが尋ねると、リリスはガチガチと歯の根を鳴らしながら答えた。
「あいつは……魔王軍最後の四天王。人の血を啜り、永遠の時を生きる吸血鬼……『真紅の執事』ヴィンセントよ!」
リリスの怯えをよそに、吸血鬼の執事・ヴィンセントは、胸に手を当てて優雅に一礼した。
「お待ちしておりました、異邦の客人たちよ。そして、よく戻りましたね、リリス。……我が主は、すでに玉座にて皆様をお待ちです。どうぞ、ご案内いたしましょう」
ヴィンセントは一切の敵意を見せず、ただ丁寧に城の奥へと手で指し示した。
「……ヒィッ。罠や、絶対罠やで! 城に入った瞬間、串刺しにされるに決まってるわ!」
チャチャが半泣きになりながらジークの服の裾を引っ張る。
しかし、案内された二人の武人はといえば。
「これはご丁寧に。では、案内を頼もうか」
「うむッ! 素晴らしいもてなしだッ!」
ジークも烈魁皇も、微塵の警戒も見せずにズンズンと城の中へと足を踏み入れてしまった。
「ちょっ、ちょっとアンタたち! 相手は四天王よ!? なんでそんな無防備に……!」
リリスが慌てて追いすがるが、ジークたちは城内の禍々しい装飾や罠の気配など一切気に留めることなく、ヴィンセントの背中を追って歩いていく。
だが、彼らは決して「油断」しているわけではなかった。
(……ほう。一見すると隙だらけの歩き方だが、歩幅と重心の移動に一切のブレがない。いかなる方向からの殺気に対しても、コンマ一秒で反撃に転じることができる『完璧な歩法』だ)
ジークは、前を歩くヴィンセントの足運びを物理的な視点から冷静に分析していた。
(左様ッ! あれぞ武術における究極の構え……『自然体』ッ! 常在戦場を極めた者のみが到達できる、無形の境地ッ! 吸血鬼とやら、ただの執事ではないッ!)
烈魁皇もまた、道着の下で筋肉を限界まで弛緩させつつ、いつでも爆発的な寸勁を放てる状態を維持していた。
そう、最強の物理力を持つ辺境伯長男と、四千年の歴史を誇る拳法家。
彼らにとって『日常』と『戦場』の境界線など疾うの昔に存在しない。呼吸をするように警戒し、歩くように殺気を読み取る彼らだからこそ、魔王城のど真ん中であろうと、泰然自若としていられるのだ。
「なんでお前らそんな普通におれるんや……ウチ、心臓口から飛び出そうやで……」
「私だって逃げ出したいわよ……ガロンとの約束がなかったら、絶対に来なかったわ……」
極限まで研ぎ澄まされた武人二人と、彼らの背中にしがみついてガタガタと震え続ける二人の少女。あまりにも対照的な四人の足音が、冷たい石造りの廊下に響き渡る。
やがて、一行は城の最上階――ひときわ巨大で、荘厳な両開きの扉の前に辿り着いた。
「……ここが、最深部。我が主の玉座でございます」
ヴィンセントが静かに立ち止まり、扉を振り返る。
「ご案内、感謝する。手練れの君と手合わせできないのは少々残念だがな」
ジークが笑いかけると、ヴィンセントは目を伏せて薄く微笑んだ。
「私など、皆様の前では物の数に入りません。それに……ガロンから託された思い、しかと主へとお届けください」
「ッ……! お前、知ってたのね……」
リリスが驚いて息を呑むが、吸血鬼の執事はそれ以上は何も語らず、ただ静かに重い扉を押し開けた。
ギィィィィィン……ッ。
開かれた扉の先。
広大な玉座の間に敷かれた真紅の絨毯の奥に、その人物は座していた。
圧倒的な魔力。しかし、阿修羅やガロンのような『暴力』や『殺戮』のオーラではない。
そこにあったのは、どこまでも深く、静かで、そして――凍りつくような『悲哀』の空気だった。
「……よくぞ辿り着いた、異邦の戦士たちよ」
玉座から響いた声は、低く、しかし驚くほどに澄んでいた。
漆黒のローブを身に纏い、顔の半分を禍々しい仮面で覆った魔族の頂点。
魔王。
魔法と魔物をこの地に生み出し、人類の敵として君臨する絶対者。
「お前が、魔王か」
ジークが一切の気負いなく、ただ真っ直ぐに玉座を見据える。
「我らは遥々、貴様に会うためにやって来たッ!」
烈魁皇もまた、一歩前に出て堂々と名乗りを上げる。
『あのお方も……元は、人間なのだ』
ガロンの遺した言葉が、ジークの脳裏に蘇る。
人と魔の頂点が交わる、静寂の玉座の間。
極東の島国を揺るがす、対話が、今まさに始まろうとしていた。
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