夕焼け、泥遊びの果て
「……レディを泣かせた罪は重いぞ」
立ち込める土煙の中、ジークが不敵な笑みを浮かべながら、無造作な足取りで距離を詰めていく。
「左様ッ! 涙を流させるならば、それは悔し涙か、圧倒的な武の前にひれ伏す絶望の涙のみであるべきだッ!」
烈魁皇もまた、一切の構えをとらず、極限の自然体でそれに並んだ。
その底知れぬ二人の姿を見た瞬間。
黒竜将ガロンの赤い双眸が、驚愕から、やがて歓喜の色へと歪んでいった。
『……クックック。ハァーッハッハッハ!!』
ガロンの腹底から響く大笑いが、空気を震わせた。
魔王軍最強の幹部、冷酷無比な破壊の化身。しかし、その仮面の下にあった本性は、眼前の二人と全く同じ『バトル狂』であった。
絶対的な力を持って生まれたがゆえに、己の全力をぶつけるに値する相手がいなかった。だからこそ、彼は「冷酷な四天王」という役割を被り、魔族の幹部として常識的に振る舞っていたに過ぎなかったのだ。
『来い、人間ども! 我が牙と爪、そしてこの魂の全てを以て、貴様らを粉砕してくれる!!』
「うむ!望むところだ!!」
「いざッ!!」
そこからの戦いは、チャチャやリリスの目には凄惨な死闘には見えなかった。
圧倒的な暴力がぶつかり合い、街の石畳が捲れ上がり、空が裂ける。
しかし、激突する三者の顔に浮かんでいるのは、純度百パーセントの『笑顔』だった。
まるで、放課後の空き地で遊ぶ少年たちが、泥団子を作ってはぶつけ合い、一生懸命作った砂のお城を笑いながら壊し合うような――どこまでも無邪気で、純粋な闘争。
ジークの大槍が竜の鱗を砕き、烈魁皇の拳が竜の骨を軋ませ、ガロンの爪と顎が二人の屈強な肉体を掠めて鮮血を散らす。
誰も彼もが、心の底からこの瞬間を楽しんでいた。永遠に続けと願うほどに。
だが、どれほど楽しい遊戯にも、必ず『終わり』は訪れる。
ドッゴォォォォォォォォォォンッッッ!!!
ジークの全身全霊を乗せた大槍のかち上げと、烈魁皇の絶技・浸透勁の同時直撃。
天を衝くほどの轟音と共に、四天王最強を誇った黒竜の巨体が、ついに大地へと崩れ落ちた。
ズズン……ッ、と重い地響きが鳴り止み、静寂が訪れる。
「ガロン……ッ!」
リリスが弾かれたように駆け出し、地に伏した巨大な黒竜の顔にすがりついた。
『……泣くな、リリス』
ガロンの赤い瞳は、すでに光を失いかけていた。しかし、その顔はこれまでにないほど穏やかで、清々しいものだった。
『ありがとう……。こんなに楽しく、幸せな時間は……生まれて初めてだった……』
「ガロン……馬鹿野郎……っ」
リリスはボロボロと涙を流し、冷たくなっていく黒竜の鱗をきつく抱きしめた。
『良いのだ……。これで、良かったのだ』
ガロンは最期の力を振り絞り、自分を看取るサキュバスに優しく語りかけた。
『リリスよ……魔王様のところに、この二人を案内するのだ』
「え……?」
黒竜の視線が、荒い息を吐きながらも静かに佇むジークと烈魁皇に向けられた。
『そこのお二人……。どうか、魔王様を……止めてくれ』
「止める? 倒す、ではなくか?」
ジークが静かに問い返す。
『あのお方も……元は、人間なのだ。ただ……』
ガロンは何かを言い淀み、ふっと自嘲するように目を細めた。
『いや……今は言うまい。お主らほどの漢たちであれば、力で屈服させるのでなく、魔王様から直接聞くことができるやもしれぬ。……悲しき、人と魔との、軋轢の歴史を……』
それが、最強の竜が遺した最後の言葉だった。
ガロンは満足げな笑みを浮かべたまま、安らかに目を閉じた。彼の肉体は光の粒子となって天へと昇り、後には黒竜の魔力を宿した巨大な魔石だけが残された。
「……見事な戦いだった。安らかに眠れ、黒き強者よ」
ジークは黒鋼の大槍を地面に突き立て、深々と一礼した。
「我が拳に刻まれた貴様の魂、永遠に忘れんッ」
烈魁皇もまた、静かに両手を合わせ、武の礼をとった。
「……あんたたち」
涙を拭い、リリスがゆっくりと立ち上がる。その瞳には、先ほどまでの怯えや誘惑の色はなく、確かな決意が宿っていた。
「案内するわ。魔王様のいる、暗黒城の最深部へ。……ガロンの最後の頼みだもの、絶対に連れて行ってあげる」
「よろしく頼むよ、リリス嬢」
ジークは優しく頷いた。
「ええと……とりあえず、このめっちゃデカい魔石は、ウチがアイテム袋に入れといてええんかな……?」
しんみりとした空気を読んだチャチャが、恐る恐る魔石を拾い上げながら呟いた。
最強の好敵手から託された、魔王への想い。
ただ強者を求めて始まった彼らの旅は、図らずも世界の真実へと迫る、本当の『旅』へと変わろうとしていた。
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