最強の四天王
勇者パーティへの「教育」を終え、ジークたちが再び歩き出そうとした、その時だった。
ゴゴゴゴゴォォォォォ……ッ!!!
突如として、白昼の空がインクをぶちまけたようにどす黒く染まり、街全体が巨大な力場に押し潰されたかのように悲鳴を上げた。
石畳がひび割れ、周囲の家屋のガラスが一斉に砕け散る。
「な、なんやこの重圧……!? 息ができひん……!」
チャチャがその場に這いつくばり、ガタガタと震え出した。
阿修羅の放っていた神の威圧とは違う。それは純度百パーセントの『破壊と殺戮』のオーラ。
上空から、ズォォォンッ! と凄まじい衝撃を伴って「それ」は降り立った。
漆黒の竜鱗に覆われた巨体。背には禍々しい飛膜の翼。
魔王軍四天王の筆頭にして最強の存在――『黒竜将ガロン』であった。
『……下等な人間の街で油を売っていると思えば。お前のような低俗な夢魔が、人間のペットに成り下がったか、リリスよ』
ガロンの赤い双眸が、ジークたちの後ろを歩いていたリリスを冷酷に射抜いた。
その声だけで、空気がカミソリのように肌を切り裂く。
「ガ、ガロン……ッ! なぜ、四天王筆頭のあなたが前線に……!」
リリスの顔から、一瞬にして血の気が引いた。
『魔王様が痺れを切らしたのだ。ヒドラを秒殺したという人間……どれほどの強者かと思えば、ただの魔力も持たぬ猿ではないか。呆れて物も言えん。リリス、貴様もろとも、この街ごと消し炭にしてくれる』
ガロンの口元に、万物を消滅させる極大の暗黒魔力が収束していく。
リリスは知っていた。ガロンは他の四天王とは次元が違う。単なる魔法の出力だけでなく、竜族としての圧倒的な肉体と防御力、その全てが規格外なのだ。
(勝てない……! この筋肉ゴリラたちがいくら強くても、ガロンの『暗黒竜の息吹』をまともに受ければ、骨すら残らないわ!)
「逃げて……!」
リリスは無意識のうちに叫んでいた。
そして、自分でも信じられない行、動に出た。震える足で駆け出し、バサッとコウモリの羽を広げて――ジークと烈魁皇の前に、両手を広げて立ちはだかったのだ。
「早く逃げなさいよ、このバカ筋肉ども!! こいつはヒドラなんかとは訳が違うわ! 国を一人で滅ぼす本物の化け物よ!!」
自分を無視し続け、ペースを乱しまくった憎きゴリラたち。
しかし、邪険にしながらも常に紳士的だったジークや、小言を言いながらも薬膳スープを作ってくれた烈魁皇、そしてギャーギャー喚きながらも分け隔てなく接してくれたチャチャ。
いつの間にか、彼女の中でこの奇妙なパーティへの『情』が、魔族としての本能を上回ってしまっていたのだ。
「なんで私がこんなこと……! でも、あんた達が死ぬのは……嫌なのよッ!!」
死を覚悟し、リリスがぎゅっと目を瞑った、その瞬間。
ポンッ。
リリスの華奢な右肩に、温かく大きな手が置かれた。
同時に、左肩にも、岩のように力強い手が添えられる。
「……え?」
目を開けると、ジークと烈魁皇が、彼女を庇うように一歩前へと進み出ていた。
「美しい覚悟だ、リリス嬢。君の底知れぬ勇気と優しさに、騎士として最大の敬意を払おう」
ジークは優しく微笑んだ。
「左様ッ! 自らの命を賭して我らを護ろうとしたその義侠心、見事なりッ! だが案ずるな!」
烈魁皇もまた、ニカッと頼もしい笑みを浮かべる。
「女子供を盾にして逃げるような柔な心身を我々は持ち合わせていないのでね」
二人の巨漢は、静かに、だがかつてないほどの熱気を帯びて前を向いた。
「……ばか。勝てるわけないじゃない……っ」
リリスの目からポロリと涙がこぼれ落ちる。それを合図とするかのように、黒竜将ガロンが嘲笑と共に極大のブレスを放った。
『友情ごっこはここまでだ! まとめて消え失せろ!!』
迫り来る、視界を覆い尽くすほどの暗黒の破壊光線。
「行くぞ、烈魁皇殿ッ!!」
「応ッ!!」
ジークが大槍を背から抜き放ち、極限まで練り上げた生体エネルギーを腕に集中させる。
烈魁皇が腰を深く落とし、大地に根を張るように四千年の絶技の構えをとる。
「ハァァァァァァッ!!」
「打ッッ!!」
放たれた大槍の暴風と、真空を穿つ拳圧。
二人の強烈な一撃が合わさり、竜の魔力ブレスと正面から激突した。
ドゴォォォォォォォォォォォォンッッッ!!!!!
街を吹き飛ばすほどの衝撃波が全方位に弾け飛ぶ。
チャチャとリリスは、あまりの暴風に目を開けていられない。
『ぬぅぅぅッ!? 馬鹿な、我が暗黒の息吹を、ただの腕力で押し留めているだと!?』
空中で驚愕するガロン。
土煙が晴れた後、そこには無傷で立つ二人の姿があった。
彼らの全身からは、尋常ではない闘気の陽炎が立ち上っている。
「いいぞ!素晴らしい! ヒドラよりは随分と骨がありそうだな!」
「我が拳も、ようやく本気で打ち込める相手に出会えたというものッ!!」
一撃で終わらない強敵の出現。
二人の戦闘狂の顔に歓喜の笑みが浮かんだ。
「さあ、見せてみろ四天王最強! 我々をどこまで楽しませてくれるッ!!」
リリスの涙を熱気で乾かし、かつてないほどの激闘が、今ここに幕を開けた。
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