奢れる勇者
みじめにあしらわれて泣いて魔王城に帰った後、何故かついてきてしまっている魔王軍のサキュバスであるリリスを持ち前の無関心力でぞろぞろと引き連れ、一行は次の街へと辿り着いた。
そこは偶然にも、国を挙げての大規模なパレードの最中であった。
「見ろ! 聖剣を引き抜いた『剣の勇者』様のご一行だ!」
「ああ、彼らなら必ずや魔王を打ち倒してくださるだろう!」
歓声の中心を歩いていたのは、豪奢な鎧と輝く長剣を身にまとった金髪の美青年――『剣の勇者』と、その後ろに控える取り巻きの魔法使いや僧侶たちだった。
勇者は民衆に手を振りながら、ふと道の端で巨大な肉付き骨をかじっているジークたちに目を留めた。正確には絶世の美女、リリスに目を奪われたのだ。
「おお、そこの麗しきレディ。君のような華が、むさ苦しい大男や薄汚い子供と行動を共にするなど似合わない。魔王を討つこの私のパーティに入らないか?」
勇者が気障なウインクを飛ばすが、リリスは心底嫌そうな顔で顔を背けた。彼女のプライドは今、「自分を無視したこの筋肉ゴリラたちをどうやって振り向かせるか」という一点のみに向いているのだ。
見事にフラれた勇者は顔を赤くし、その矛先をジークと烈魁皇に向けた。
「ふん……なんだその身の丈に合わない鈍重な槍は。そっちの男に至っては鎧すら着ていないじゃないか。素手で魔物と戦うつもりか? 野蛮な上に頭も悪いと見える」
勇者の取り巻きたちも下品な笑い声を上げる。
「我々は選ばれし勇者パーティだ。貴様らのようなゴロツキは、せいぜいスライムでも狩って小銭を稼いでいるがいいさ。ハッハッハ!」
驕り昂り、英雄気取りで二人を嘲笑う勇者たち。
しかし。
「……シコシコとした良い歯ごたえだ。この魔獣の肉は、どの部位だ?」
「大腿部の筋繊維に違いありませんッ! 噛み締めるほどに旨味が滲み出るッ!」
ジークと烈魁皇は、勇者のことなど『完全に視界から消して』食事を続けていた。
「な、無視だと……! 貴様ら、私の言葉が聞こえないのか!」
「……やれやれ。騒がしいな」
ジークが骨を置き、静かに立ち上がった。
「君が勇者だろうが何だろうが構わないが、我々は食事中だ。口先だけでどれほど己を語ろうと、武人にとってそれは何の意味も持たない。自分の強さを証明したいなら、口ではなく『拳』で語りたまえ」
「左様ッ! 実力の伴わぬ虚勢など、風に舞う塵にも劣るッ! さっさと立ち去るがいいッ!」
一切相手にしない。その圧倒的な『強者の対応』と無関心さが、若き勇者のちっぽけな自尊心を粉々に打ち砕いた。
「き、貴様らァ……! この勇者である私を愚弄するか! 許さん、決闘だ! 『決闘』を申し込む!! 負けた方はその場で土下座し、荷物と女、全て置いていけ!!」
勇者が聖剣を抜き放ち、ジークたちに向かって突きつけた。
その瞬間である。
街の広場の温度が、氷点下まで下がったかのように錯覚した。
「ヒィッ……!?」
少し離れていたチャチャとリリスが、同時に肩を震わせて抱き合った。彼女たちは知っている。あの二人が放つ、本物の『死の気配』を。
「……今、なんと?」
ジークの声から、いつもの豪快で温かみのある響きが消え失せていた。
振り返った彼の瞳は、極北の氷河のように冷たく、そして底知れぬ怒りを孕んでいた。
「決闘、と言ったか。……実力が及ばないことや、若さゆえの驕りは構わない。だが君は今、騎士にとって、武人にとって、最も神聖なる言葉を、安い泥水のように吐き捨てたな」
ズン……。
ジークが一歩を踏み出しただけで、石畳が悲鳴を上げてひび割れる。
彼は背中の大槍を抜かなかった。武器など必要ない。ただ素手で立ち塞がるその姿は、いかなる巨大モンスターよりも絶望的な城壁に見えた。
「『決闘』とは。互いの命、誇り、背負うもの全てを天秤に掛け、魂を削り合う神聖なる儀式だッ!」
烈魁皇が横に並び立つ。その眼光は、完全に獲物を狩る猛獣のそれであった。
「それを、土下座だの、女を置いていけだの……痴話喧嘩の延長で軽々しく口にするとは。貴様は己の剣に、一体何を背負っているのだッ!!」
「ひ、ヒィッ……! な、なんだお前ら……!」
圧倒的な殺気と『本物』の圧に当てられ、勇者は剣を持つ手をガタガタと震わせた。取り巻きたちはすでに腰を抜かし、泡を吹いて倒れている。
「後悔しても遅い。君たちには少し……教育が必要なようだ」
「ひ、ひぃぃぃっ! や、やぁぁぁっ!!」
恐怖で半狂乱になった勇者が、聖剣を滅茶苦茶に振り回してジークに斬りかかる。
しかし、ジークは瞬き一つせず、その刃を指二本で挟み止めた。
「なっ……!?」
「遅い。軽い。そして――覚悟が全く足りない」
ジークはそのまま指先で聖剣をへし折り、空いた手で勇者の胸当てを軽く「トン」と小突いた。
同時に、烈魁皇が勇者の背後に回り込み、耳元で静かに囁く。
「これが命を懸けるということだッ。その身に刻めッッ」
ドグンッッッ!!!
ジークの放った寸の衝撃と、烈魁皇の放った殺気。
物理的なダメージはゼロ。しかし、勇者の脳内には『己が何万回も惨殺される幻覚』が叩き込まれていた。
「あ、あ……あ、あ、ああああああ……ッ」
勇者は白目を剥き、立ったまま完全に失神し、股ぐらからは湯気がたち、地面を濡らした。失禁したのだ。
剣の勇者パーティは、一発の拳を交えることもなく、ただ『決闘という言葉の重み』を教えられただけで完全に崩壊したのである。
「授業は終わりだ。……さて、チャチャ嬢、リリス嬢。肉が冷めてしまった。口直しに別の店に入り直そうか」
「「…………はい」」
血の気の引いた二人の少女は、もはやツッコミを入れることすら忘れ、蛇に睨まれた蛙のように大人しく頷くことしかできなかった。
魔王軍の幹部すらドン引きさせる「教育」を終え、規格外のパーティは今日も我が道を歩んでいく。
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