忘れられてた魔王
極東の島国の中央にそびえ立つ、禍々しい暗黒城。
その玉座で、この大陸に魔法と魔物を生み出した元凶たる『魔王』は、ギリギリと爪を噛み、苛立ちを募らせていた。
「……なぜだ。なぜ奴らは来ないのだ!」
辺境の港町で海竜を瞬殺し、迷宮の生態系を物理的に崩壊させた規格外の侵入者たち。魔王は彼らが自分の首を狙って一直線に向かってくるものとばかり思い、勇者の到来を待つラスボスのように玉座でポーズを決めて待っていたのだ。
しかし、彼らは魔王の存在などすっかり忘れ、ダンジョンで中華料理を作ったり、あろうことか修羅界の神に喧嘩を売って満足気に街へ帰ってしまったのである。
「ええい、完全に無視しおって! 忌々しい筋肉どもめ、ならばこちらから絶望を与えてやる! 四天王が一人『猛毒のヒドラ』よ、あの街を火の海に変えてこい!」
――そして数時間後。辺境の街。
「ギャァァァ! 魔王軍の四天王だァァァ!!」
「逃げろォォォ!!」
街の広場に、九つの首を持つ巨大な毒蛇『ヒドラ』が降り立ち、パニックに陥った人々が逃げ惑っていた。家屋がなぎ倒され、猛毒の沼が広がる。
そこへ、串焼きを片手に散歩していたジークと烈魁皇が立ち塞がった。
「ほう! 魔王軍の四天王とな!」
「阿修羅との一件以来、我々も己の未熟さを痛感していたところッ! ちょうど良い腕試しが向こうからやって来たわッ!」
二人の武人は目を輝かせ、ヒドラの前に悠然と歩み出る。
ヒドラは侵入者たちを認識し、九つの首を怒り狂って振り乱した。
『シャアァァァッ! 貴様らが魔王様の気に食わん人間どもか! 猛毒で溶け——』
「シィィッ!」
「打ッ!!」
言葉の途中で、二人は同時に踏み込んだ。
ジークの極限まで無駄を省いた大槍の薙ぎ払いが、強烈な真空刃となって五つの首を瞬時に切断。同時に懐へ潜り込んだ烈魁皇の、全身のバネを解放した寸勁が、残りの胴体を内部から完全に破裂させた。
ドゴォォォォォォンッッ!!!
ヒドラだった肉片が、ドシャドシャと雨のように降り注ぐ。
戦闘開始から、わずか1秒。完全なる『ワンパン』終了であった。
「「「……え?」」」
避難していた街の人々とチャチャが、呆然と口を半開きにする。
しかし、当の二人の顔には、深い失望が浮かんでいた。
「……脆い。準備運動にもならんとは。魔王の幹部と聞いて期待したのだがな」
「左様ッ。阿修羅の放っていた威圧感の、一億分の一にも満たぬッ! これが四天王とは、魔王軍の層の薄さが窺い知れるというものッ!」
「いやお前らの基準がバグり散らかしてるだけやろがい!!」
静まり返る広場に、チャチャの渾身のツッコミだけが虚しく響き渡った。
最強のゴリラたちにちょっかいを出してしまった魔王の運命やいかに。
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