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完璧令嬢の辺境開拓記〜私を捨てた王太子が国を傾けている間、私は辺境を世界一豊かな地にし、私は運命の人と世界一幸せになります〜  作者: 虹の箸
俺より強い奴に会いに行く

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修羅との邂逅

第四層へと足を踏み入れた途端、迷宮の空気が一変した。

これまでの暴力的な熱気や魔物の咆哮とは違う。そこにあったのは、肌を刺すような『静寂』と、底冷えするような『殺気』の空間だった。

見渡す限りの枯れ野原。風に揺れるススキの向こうに、一人の男が胡座をかいて座っていた。

ボサボサの髪。無造作に着崩した着物。腰に差した大小の二振り。

だが、その男から放たれる空気は、これまで遭遇したどんな巨大モンスターや魔神よりも、桁違いに異質で、そして――強大であった。

「……ッッ!!?」

その姿を見た瞬間、これまでどんな強敵を前にしても泰然自若としていた烈魁皇の顔色が、劇的に変わった。

額に滝のような冷や汗が浮かび、全身の筋肉が爆発寸前のように軋みを上げる。

男が、ゆっくりと立ち上がった。

「ほう……。此度の斬り合い(たのしみ)は、どんな化け物が来るかと思うておったが……よもや、異界の地で再び相まみえんとはな」

「宮本……武蔵ッッ!!!」

烈魁皇の口から、血を吐くような叫びが漏れた。

その名を聞き、ジークもスッと目を細める。彼から見ても、目の前の着物の男は、剣を抜いてすらいないというのに、全身から見えない斬撃のオーラを放っているのが分かった。

「ジーク殿ッ!!」

烈魁皇が、かつてないほどの鋭い声でジークを制止した。

「この男だけは……この男だけは、私の得物(えもの)だッ! 誰にも譲らんッッ!!」

四千年の歴史を背負う武術家から放たれる、尋常ならざる因縁と殺気。

それを感じ取ったジークは、静かに大槍の構えを解き、一歩後ろへと下がった。

「……浅からぬ因縁があるようだな。よかろう、ここは見守らせてもらう。思う存分、決着をつけてくるがいい」

「感謝するッ!」

烈魁皇はスッと腰を落とし、極限まで研ぎ澄まされた構えをとった。

対する武蔵は、ススス……と、まるで氷の上を滑るかのような独特の歩法で間合いを詰めてくる。手には、実物の剣ではなく、両手で形作られた『見えない刀』が握られていた。

「来るがいい、烈。今度は、どこから斬られたい……?」

「ほざけェェェッ!!」

烈魁皇が地を蹴った。

放たれたのは、音速を超える踏み込みからの『寸勁』。対する武蔵は、見えない大剣を上段から躊躇なく振り下ろす。

ズガァァァァァァンッッ!!!

拳と、見えない剣の激突。

それだけで枯れ野原の大地が真っ二つに割れ、チャチャが暴風に吹き飛ばされそうになる。

「なんやあれ!? あの着物のおっさん、剣も抜いてへんのに、空気が斬れてるやんか!!」

激闘は瞬きする間もなく続いた。

武蔵の神速の斬撃を、烈魁皇が究極の『消力シャオリー』で受け流し、空中に舞った状態から無数の打撃を叩き込む。武蔵はそれを笑みを浮かべながら捌き、さらに鋭い斬撃を放つ。

互いの肉体と魂を削り合う、極限の死闘。

だが――。

ピタリ、と。

二人の動きが同時に止まった。

烈魁皇の拳が武蔵の心臓を穿つ寸前。

武蔵の『見えない刀』が烈魁皇の首筋に触れる寸前。

互いの致命の一撃が届く、その薄紙一枚の距離で、二人は静かに構えを解いた。

「……勝負は、預けよう」

「いかにも。今の貴様の拳、受ければ我が肉体も粉微塵に消し飛んでおったわ」

武蔵はカラカラと笑い、腰を下ろした。

ジークとチャチャが歩み寄る中、烈魁皇が静かに問いかける。

「武蔵よ。貴様もまた、あの世界からこの地へ転生してきたのか?」

「転生、とは少し違うな。元の世界で魂を弾き出され、天地を彷徨うた結果、ここに流れ着いたまでよ」

武蔵は空を見上げ、ニヤリと笑った。

「ここはな、仏の道で言うところの『修羅界』よ。戦うことしか知らぬ亡者や化け物が吹き溜まる、永遠の闘争の地。……そして、この迷宮の底は『地獄』へと直結しておるぞ」

地獄へ通じる道。

その言葉を聞いた瞬間、ジークと烈魁皇の顔に、底知れぬ歓喜の笑みが浮かんだ。

「地獄、か! ふははは! 悪魔や獄卒といった連中がひしめいているというわけだな! これ以上ない武者修行の場ではないか!」

「左様ッ! 修羅界を踏破し、地獄の釜の底までこの拳を届かせるッ! 望むところッッ!!」

武蔵の警告(ファンサービス)に、二人の脳筋ゴリラは恐れるどころか、さらにテンションを跳ね上げてしまった。

しかし、ジークはふと振り返り、チャチャに向かって真剣な表情を向けた。

「チャチャ嬢。ここから先は、金や宝どころか、文字通り命を落とす本当の『地獄』だ。君にはまだ明るい未来がある。イフリートの核と、これまで集めたアイテムと魔石を持って、君だけでも地上へ引き返すんだ」

ジークの、純粋に彼女を案じる言葉。

これまでなら「せやな! ほなサイナラ!」と即答していただろう守銭奴の少女は、しかし、渡されたイフリートの核をジークの胸にドンッと押し返した。

「……アホちゃうか」

チャチャは顔を真っ赤にして、二人の巨漢をキッと睨みつけた。

「ここでウチが帰ったら、あんたらのアイテム回収は誰がやんねん! 金の計算もできひん、方向音痴のゴリラ二匹だけやったら、地獄の底で野垂れ死ぬのがオチや!」

「チャチャ嬢……」

「ここまで来たらな、地の果てまでついてったるわ! あんたらの稼いだお宝、最後までウチが管理して、ガッポリ搾り取ったるんやからな!!」

強がりと、悪態と、ほんの少しの涙声。

それが、小さな案内人が示した最大級の覚悟だった。

「 そうか! ならば仕方ない、共に地獄巡りと洒落込もうじゃないか!」

「うむッ! 頼りになる案内人だッ!」

ジークは豪快に笑ってチャチャの頭をガシガシと撫で、烈魁皇も満足げに頷いた。

「よい顔をするようになったな、娘。……俺も、もう少しこの修羅界で剣を磨くとしよう」

武蔵がススキの野原で静かに笑う中、三人の奇妙なパーティは、ついに迷宮の深淵――地獄へと続く階段に足を掛ける。

最強の武人と、四千年の拳法家、そして強かなメスガキ案内人。

彼らの物理的すぎる冒険は、地獄の底すらも更地にするまで終わらない。


お読みいただきありがとうございました。

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