鎮火された炎の魔人
「あかん……死ぬ……。ウチ、もう干からびてポテトチップスみたいになってまう……」
『底無しの迷宮』第三層。そこは、これまでの洞窟や森とは打って変わり、見渡す限りドロドロの溶岩が煮えたぎる『灼熱の火山地帯』であった。
あまりの熱気に、チャチャはアイテム袋を抱き抱えたまま、舌を出してへたり込んでいる。
しかし、前を歩く二人の脳筋ゴリラたちはといえば。
「これは良い! 見事な熱気だ! まるで超巨大なサウナに入っている気分だな! 汗と共に老廃物が流れ出て、筋肉が歓喜の声を上げているぞ!」
「左様ッ! この程度の熱など、心頭滅却すれば火もまた涼しいッ! むしろ血流が極限まで高まり、最高の仕上がりだッッ!」
滝のような汗を流しながらも、二人の顔には苦痛どころか、極上のサウナを堪能しているかのような爽やかな笑顔が浮かんでいた。
「なんで平気なんやコイツら……。人間としての構造がバグっとる……」
道中、溶岩の中から『溶岩の魔人』や『ファイア・サラマンダー』といった炎属性の魔物たちが次々と襲いかかってきたが、二人の進撃を止めることはできなかった。
「シィィッ!」
ジークが大槍をフルスイングすると、凄まじい風圧で溶岩の魔物たちの表面温度が一気に奪われ、急激な冷却によって脆い黒曜石へと変化する。
「打岩ッ!!」
そこへ烈魁皇の重い拳が叩き込まれ、ゴーレムたちはガラス細工のようにあっけなく粉砕されていくのだ。
「ふははは、熱した石は急冷すると脆くなる! 鍛冶の基本だな!」
「見事な連携だジーク殿ッ! 砕けたゴーレムの破片は、上質な包丁の素材になる! 拾っておいてくれチャチャ殿ッ!」
「へーへー、拾えばええんやろ拾えば」
そんなふうに火山地帯をピクニック感覚で蹂躙し続けた三人は、ついに第三層の最深部――煮えたぎる巨大なマグマの湖へと辿り着いた。
『――何者だ。我が灼熱の領域を土足で踏み荒らす、愚かなる人間どもは……』
マグマの湖が大きく波打ち、突如として巨大な炎の柱が立ち上がった。
炎は人の形を取り、やがて二本の巨大な角を持つ魔神の姿へと変わる。
第三層のボス、炎の精霊にして魔神『イフリート』である。
「ヒィィッ! で、出たぁ! 伝説の炎の魔神や! あんなん物理攻撃なんか絶対効かへんで!」
チャチャが岩陰に隠れて悲鳴を上げる。
しかし、ジークの瞳はかつてないほどに輝いていた。
「ほう……! 純粋な炎で構成されたエネルギー体か! 肉体を持たない相手をどう殴り倒すか、これは腕がなる!」
「相手が精霊であろうと関係はないッ! 炎もまた、自然界における物理現象の一つに過ぎんッッ!」
『ふははは! 我が業火の前に平伏すがいい! 消し炭となれ、虫ケラども!!』
イフリートが両手を掲げると、マグマの湖から無数の火球が浮かび上がり、三人に向けて超高熱の『地獄の業火』が放たれた。
「消し炭になるのはどちらかな!」
ジークは一歩前に出ると、大槍を頭上でヘリコプターのプロペラのごとく、目にも止まらぬ超高速で回転させ始めた。
「ハァァァァァァァッ!!」
ブォンブォンブォンブォンッ!!
「な……んやあれ!?」
チャチャが目を見開く。ジークの超高速回転によって凄まじい上昇気流が発生し、彼らの周囲に『巨大な真空の竜巻』が巻き起こったのだ。
『な、なにィ!? 燃えないだと!?』
イフリートが驚愕の声を上げる。放たれた地獄の業火は、真空の竜巻に触れた瞬間、酸素を奪われてシュゥン……と虚しく鎮火してしまったのである。
「酸素がなければ炎は燃えん! これもまた物理法則だ!」
「見事ッ! ならば私が、その核を打ち砕くッッ!!」
竜巻の横から、烈魁皇が弾丸のように飛び出した。マグマの湖の上に浮かぶ岩を次々と蹴り渡り、イフリートの懐へと潜り込む。
『愚かな! 我は炎そのもの! 物理的な拳など触れれば貴様の腕が焼き切れるわ!』
「貴殿は浅いッ!!」
烈魁皇は一切怯むことなく、渾身の右正拳突きを放った。
「中国拳法・発勁の極致ッ! 放つのは衝撃のみにあらず! 拳圧によって一瞬の『超真空状態』を作り出し、貴様の燃焼サイクルそのものを断ち切るッ!!」
ドゴォォォォォォォンッッ!!!
イフリートの胸の中心、炎が最も激しく燃え盛る部位に、烈魁皇の拳圧が直撃した。
物理的な接触はない。しかし、拳から放たれた衝撃波と真空の塊が、魔神を形作っていた炎を一瞬にして吹き飛ばし、その中心にあった赤く輝く「核」を完全に弾き飛ばした。
『ば、馬鹿な……! 精霊であるこの我が、ただの暴力に……鎮火、される……!?』
ボボォォ……シュゥゥゥ……。
イフリートの巨体は断末魔と共に霧散し、ただの熱気となって火山の中に消えていった。
カラン……。
硬い音を立てて、地面に赤い宝石のようなものが転がる。
「おお! 見事な一撃だったぞ、烈魁皇殿! 炎すらも打ち砕くとはな!」
「ジーク殿の風壁があってこそッ! 良き連携であったッ!」
ハイタッチを交わす熱苦しい二人の足元へ、チャチャが猛ダッシュで駆け寄った。
「お、おおおお! これ、イフリートを倒した証の『精霊の核』やんけ!」
チャチャが赤い宝石を拾い上げると、不思議なことに、周囲の狂気的な熱気が嘘のようにスゥッと引いていき、快適な温度へと変わった。
「すげぇ! これ一つ持ってるだけで、周囲の温度を自由自在に操れる超ド級の魔道具やで! これ王都の貴族に売ったら、城が建つくらいの大金になるわ!!」
目を円やドルマークにして喜ぶチャチャ。
しかし、その宝石を見た二人の武人の目は、全く別の意味で輝いていた。
「おお! 温度を自由に操れるだと? それは素晴らしい!」
「左様ッ! つまりそれがあれば、常に安定した火力で『強火の炒め物』から『とろ火の煮込み料理』まで、火加減の難しい中華料理がダンジョンのどこでも完璧に作れるということッ!」
「ふははは! 最高だなチャチャ嬢! それは大事な『携帯コンロ』として、アイテム袋の取り出しやすい場所に入れておいてくれ!」
「…………え?」
城が建つほどのお宝を、ただの「カセットコンロ」扱いされたチャチャ。
永遠に続くと思われたハクスラ生活に、超一級品の『調理器具』まで揃ってしまったのである。
「あかん……ウチ、もう一生シャバの空気吸えへんかもしれん……」
灼熱の火山をイフリートコアという空調設備で快適な室温に変えながら、常識外れのパーティは、さらに未知なる食材と強敵が待つ『第四層』へと歩を進めるのだった。
お読みいただきありがとうございました。
もし「面白かった!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、ページ下部にある【ブックマークに追加】や、【☆☆☆☆☆】の評価を押して応援していただけると、今後の執筆の何よりの励みになります!
次回もどうぞよろしくお願いいたします。




