パワー イズ 力
第一層の主を打ち破り、迷宮の奥へと続く階段を下りた三人。
しかし、彼らが足を踏み入れた『第二層』は、洞窟というよりは、鬱蒼と木々が生い茂る広大な「森林地帯」であった。
「なんやここ……ほんまにダンジョンの中か? 薄暗くて気味が悪いで」
チャチャが周囲を警戒しながらジークの大きな背中に隠れる。
その時だった。
ガサッ! という僅かな葉擦れの音と共に、上空の死角から鋭い爪が三人に襲いかかった。
「おっと!」
「シィッ!」
ジークと烈魁皇は即座に反応し、その攻撃を弾き返す。
姿を現したのは、人間ほどの大きさがある凶暴な『猿型のモンスター『キラーエイプ』の群れだった。彼らは鬱蒼とした枝葉を縦横無尽に飛び回り、三人の視界の外――「死角」からのみ、執拗なヒット&アウェイを繰り返してきた。
「キキッ! ギャハハハッ!」
猿たちは木々を隠れ蓑にし、石や木の実、そして鋭い爪による奇襲を仕掛けては、すぐに葉の奥へと姿をくらます。
「チィッ! ちょこまかと鬱陶しい連中だッ!」
「ふむ。木々が密集しすぎていて、私の大槍では少々取り回しが悪いな」
木々が盾となり、ジークの豪快な斬撃が十全に発揮できない。
その様子を見て、烈魁皇がフッと静かに笑った。
「ジーク殿、ここは私にお任せいただきたい」
烈魁皇は自らの道着の裾をビリリと引き裂くと、なんとその布で自身の両目を固く塞いでしまったのだ。
「えっ!? 烈のおっちゃん、何してんの!? 見えへんようになったら余計危ないやんか!」
チャチャが悲鳴を上げるが、烈魁皇は泰然自若として構えをとった。
「視覚に頼るからこそ、『死角』が生じるッ! 敵が視界から消えたとて、その殺気、筋肉の躍動、そして空気を裂く音まで消せるわけではないッ! むしろ視覚を断つことで、気配の感知は極限まで研ぎ澄まされる……! これもまた、中国四千年の歴史が到達した武の極地ッッ!」
『ギャハハッ!』
隙だらけに見えた烈魁皇の背後から、三匹のキラーエイプが同時に襲いかかる。
しかし――。
「打ッ!!」
烈魁皇は背中を向けたまま、一切の迷いなく裏拳と後ろ回し蹴りを放ち、三匹の猿の急所を完璧に打ち抜いた。
「なっ……!?」
そこからはまさに、烈魁皇の独壇場であった。
上から、下から、斜め後ろから。いかなる死角からの奇襲であろうと、烈魁皇は目を塞いだまま、まるで背中に目がついているかのように全ての軌道を読み切り、最小限の動きで猿たちを次々と叩き落としていく。
「なんと! 素晴らしい! これが中国武術の神髄か! 恐れ入った、烈魁皇殿!」
ジークは手を叩いて称賛を送った。
「だが……私には私のやり方があってね」
ジークは黒鋼の大槍をゆっくりと構え直した。その極太の腕に、血管がバキバキと浮き上がる。
「死角から狙われるというのなら……『死角』そのものを無くしてしまえばいいだけの事だ!私から離れろ!チャチャ嬢」
「……えっ?」
チャチャが嫌な予感に顔を引きつらせた瞬間。
ジークは極限まで圧縮した全身のバネを解放し、独楽のように回転しながら大槍を真横にフルスイングした。
「ハァァァァァァァッ!!!」
大槍の軌跡から生み出されたのは、もはや斬撃ではなく『暴風トルネード』であった。
凄まじい風圧と質量を持った不可視の衝撃波が、円を描いて森の中を駆け抜ける。
ズドォォォォォォォォンッッッ!!!
「ギャァァァァアアア!?」
悲鳴を上げたのは猿たちだけではない。迷宮の「森」そのものだった。
ジークを中心とした半径数十メートル――何百本という大樹が、根元から綺麗に切断され、轟音と共に次々とドミノ倒しに吹き飛んでいったのだ。
数秒後。
鬱蒼としていた森林地帯は、文字通り『見渡す限りの丸坊主の荒野』へと変貌していた。
木という木は消え去り、切り株だけが虚しく立ち並んでいる。
「ふう。これで視界を遮るものはなくなったな。さあ、どこからでもかかってきたまえ!」
ジークが爽やかな笑顔で槍を肩に担ぐ。
「やりすぎやろ脳筋ゴリラァァァ!! ダンジョンの地形ごと消し飛ばしてどうすんねん!!」
チャチャの渾身のツッコミが木霊した。
一方、棲家であった森を一瞬にして更地にされたキラーエイプたちはどうなったか。
彼らはもはや戦意を完全に喪失し、広大な更地の中央で、数百匹がひと所にギュッと固まって震えていた。
「キ、キキィィ……ッ」
猿たちはジークと烈魁皇の規格外のバケモノっぷりに涙を流し、一斉に綺麗な『土下座』をキメた。
そして、群れのボスとおぼしき一匹が、どこから取り出したのか、ピカピカに輝く「宝箱」を頭の上に掲げ、ジークたちに向かってプルプルと差し出してきたのである。
(意訳:どうか、命だけはお助けください!)
「ほう? 降参か?無闇な殺生は騎士道に反する。その宝を置いていくなら、見逃してやろう」
「応ッ! まだ第一層の肉も消費いないからな。今は見逃してやろうッ!」
二人がそう言って槍と拳を下ろすと、猿たちは宝箱を放り投げ、一目散に迷宮の奥へと逃げ出していった。
「ウヒョォォォォ! 宝箱や! これ絶対レアアイテム入ってるやつやんか!」
先ほどまで泣き叫んでいたチャチャは、宝箱を見るなり目をドルマークに変えて飛びついた。
自ら死角を無くす(物理的に)最強の武人と、気配で全てを察知する四千年の拳法家。
どんな凶悪なダンジョンのギミックも、この二人の前では何の意味もなさないことを、迷宮の魔物たちは深く悟ることになるのだった。
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