第一層のボスと案内人の意外な一面
「うそやん……ほんまに戻ってきてもうた……」
『底無しの迷宮』の入り口で、空っぽになった特大の麻袋を引きずりながら、チャチャは絶望の涙を流していた。
しかし、そんな彼女の嘆きなど耳に入らない二人の戦闘狂は、歓喜の足取りで迷宮の奥へと突き進んでいく。
「ふははは! さあ、次はどんな強敵が待っているかな!」
「先ほどの狩りで身体は十分に温まったッ! いつでもいけるぞッ!」
再び始まったハック&スラッシュ。
キラーマンティスやミノタウロスの群れは、もはや彼らにとっては「歩く換金アイテム」兼「歩く中華食材」でしかなかった。文字通り鎧袖一触に道を切り拓きながら、一行はあっという間に第一層の最深部――ボス部屋へと到達した。
重々しい石の扉を蹴り開けると、そこにはドーム状の巨大な空間が広がっていた。
そして中央に鎮座していたのは、通常のミノタウロスの三倍はあろうかという巨体を持つ、牛の頭をしたバケモノだった。手には、大木のような柄のついた巨大な戦斧が握られている。
『ブモォォォォォォッ!!!』
侵入者を威嚇する、鼓膜が破れんばかりの咆哮。
常人ならばその威容を見ただけで泡を吹いて倒れるだろう。
だが、ジークと烈魁皇は――同時に、ペロリと舌なめずりをした。
「ほう……! あれがこの階層の主か! 見事な筋肉だ、さぞかし骨のある一撃を放ってきそうだ!」
「左様ッ! そしてあれだけ巨大ならば、取れる肉の量も桁違いッ! 極上の肉が歩いているようなものッッ!」
「お前らの目にはアレが霜降りの高級肉にしか見えへんのか!!」
チャチャのツッコミを置き去りにして、二人の巨漢は弾かれたようにボスへと襲いかかった。
「シィィッ!」
「打ッ!!」
ジークの大槍がボスの戦斧と正面から激突し、火花と衝撃波が弾け飛ぶ。そこに生じた一瞬の隙を突き、烈魁皇が懐へと潜り込んで無呼吸の連打を叩き込む。
迷宮の主であるはずの巨大ミノタウロスは、悲鳴を上げる間もなく、二人の理不尽なコンビ攻撃によって一方的にタコ殴りにされていた。
『ブモ、モォォォ……ッ!』
「おっと、まだ倒れんか! 素晴らしいタフネスだ!」
死に物狂いになったボスが、最後の力を振り絞って戦斧を乱暴にブーンと振り回す。
ジークはその一撃を大槍の柄で悠々と弾き返したが、砕け散った戦斧の刃の破片が飛線を描き、ジークの二の腕を薄く切り裂いた。
ドスゥゥゥンッ!!
直後、烈魁皇の必殺の『浸透勁』がボスの鳩尾に深々と突き刺さり、第一層の主はついに白目を剥いて轟沈した。
「ふははは! 痛快、痛快! 良い運動になったな、烈魁皇殿!」
「ええッ! 見事な肉質、血抜きも完璧だッ!」
ハイタッチを交わす二人。
しかし、岩陰から飛び出してきたチャチャは、ジークの腕から血が流れているのをいち早く見逃さなかった。
「ちょっとジーク! あんた、腕切られて血ぃ出てるやんか!」
「ん? ああ、最後の足掻きで少し掠ったようだな。だが案ずるな、この程度の傷、唾でもつけときゃすぐに治る」
ジークが豪快に笑い飛ばし、傷口を舐めようとしたその時。
「アホちゃうか!!!」
バシンッ! と、チャチャがジークの大きな体を叩いた。
「ここは迷宮やで!? 魔物の爪やら武器やらには、どんなバイ菌や毒が塗られてるか分からへんのや! 『この程度』とか言うてる奴から順番に、あっさり死んでいくんがこういう場所なんやで!」
チャチャは背負っていたリュックから、手際よく小さな小瓶と清潔な包帯を取り出した。
「ほら、腕出し! ちょっとしみるで!」
「お、おお……」
普段の守銭奴な態度はどこへやら、真剣な表情のチャチャに気圧され、ジークは大人しく腕を差し出した。
チャチャは傷口を水筒の水で洗い流すと、ポーションを丁寧に塗り込み、手慣れた様子で包帯を巻いていく。過酷な荒野を一人で生き抜いてきた彼女にとって、応急処置はお手の物だった。
「よし、これでバッチリや。しばらく激しい運動はあかんで、って言うても無駄やろうけどな」
「……うむ。すまないな、チャチャ嬢。君の言う通りだ。慢心は武人の恥。見事な手当てに感謝するよ」
ジークが穏やかな微笑みを浮かべて礼を言うと、チャチャは急に顔を真っ赤にして、そっぽを向いた。
「ふ、ふんっ! 勘違いせんといてや! あんたに何かあって死なれたら、ウチがガッポリ稼げへんようになるから手当てしただけや! ウチの金ヅルなんやから、勝手に死なれたら困るんや!」
悪態をつきながらズンズンと先に歩き出そうとするチャチャ。
しかし、その小さな背中から、ポツリと小さな声が漏れた。
「……でも、大したことなくて良かったわ」
その声は、耳の良い二人の武人には、しっかりと届いていた。
「うむ…違いない。私は君の金ヅルだからな。気をつけるよ」
「傷の処置も生き残るための絶対条件ッ! チャチャ殿、見事な手際であったッ!」
「うるさーい! さっさとそのデカい肉解体して、次の階層行くで!!」
照れ隠しにわめく小さな案内人を先頭に、奇妙な絆で結ばれ始めた凸凹パーティは、さらなる未知と強敵が待つ迷宮の『第二層』へと足を踏み入れていくのだった。
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