払いきれない報酬
「ストップ! ストォォォップ!! もう無理や、これ以上は一歩も歩かれへん!」
迷宮の第二層へ向かおうと意気込むジークと烈魁皇の背中に、チャチャの悲痛な叫びが響いた。
振り返ると、そこには自分自身の背丈の三倍はあろうかという巨大な麻袋の下敷きになり、プルプルと震えている小さな案内人の姿があった。
「どうしたチャチャ嬢? 腹が痛いのか? ならば烈魁皇殿に、消化を助ける薬膳スープを作ってもらうといい」
「左様ッ! 胃腸の働きを活発にするツボも心得ているッ!」
「ちゃうわ! アイテムが持ちきれへんのや!!」
チャチャは涙目でパンパンに膨れ上がった麻袋を叩いた。
「あんたらが呼吸するみたいに魔物をミンチにするから、ドロップアイテムと魔石が湧き水みたいに溢れてくるんや! 迷宮探索はな、アイテムを持ち帰って換金するまでが遠足なんやで! 一旦街に戻るで!」
「ふむ……。しかし、まだ腹八分目といったところだが……」
「仕方あるまいジーク殿ッ。狩った獲物を腐らせるのは、武術家として、そして料理人として恥ずべき行為ッ。ここは一度、態勢を立て直そう」
不承不承といった顔で頷く二匹の脳筋ゴリラに従い、チャチャはホッと胸を撫で下ろした。
(よっしゃ! これだけ大量のアイテムがあれば、しばらくは働かんでええ! 迷宮の奥なんて、誰が二度と行くか!)
――数時間後、辺境の街の冒険者ギルド。
ドッゴォォォォン……ッ!!!
ギルドの石造りの床が悲鳴を上げ、ひび割れた。
ジークが背負っていた巨大な麻袋をカウンターに無造作に下ろしたのだ。
「すまない、換金を頼みたい。これでも入り切らない分は置いてきてしまったのだが」
「ひっ!? は、はい! ただいま査定を……って、えええええええ!?」
袋の中身を確認した受付嬢の悲鳴が、ギルド内に響き渡った。
「こ、これは『狂乱のミノタウロス』の黄金角!? それに、この魔石の純度……信じられません、一切の不純物が混ざっていない、傷ひとつない最高品質の魔石ばかり……! しかもこんなに大量に!?」
通常、魔物を魔法や剣で倒せば、魔石には必ず傷や魔力の濁りが生じる。
しかし、ジークの「完璧な軌道による斬撃」と、烈魁皇の「内部のみを破壊する浸透勁」で仕留められた魔物のドロップ品は、文字通り『無傷』の状態で保存されていたのだ。
「お、お待ちください! これは私では判断できません! ギルド長! ギルド長ぉぉぉ!」
パニックに陥った受付嬢に呼ばれ、奥から眼帯をした筋骨隆々のギルド長が何事かと慌てて飛び出してきた。
彼はカウンターの上のアイテムを一目見るなり、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
「……信じられん。あんた達、この量をたった半日で? 一体どんな魔法を使えばこんな真似が……」
「魔法? そんな小賢しいものは使っていない。ただ槍を振り、拳を撃ち込んだだけだ」
平然と答えるジークに、ギルド長は冷や汗を拭いながら深々と頭を下げた。
「参った。あんた達が規格外の化け物だってことはよく分かった。……だが、正直に言おう。今、このギルドの金庫にある有り金を全部かき集めても、このアイテムの半額にも満たねえ。王都のギルド本部から資金を取り寄せる必要がある。少し、待ってもらえないだろうか」
「なんですとォ!?」
チャチャがカウンターに身を乗り出した。しかし、彼女の顔には絶望ではなく、歓喜の笑みが浮かんでいた。
「ふ、ふふふ……! ええでええで、おっちゃん! とりあえず払える分だけ前金で貰ろとくわ! はーっはっは! これで今夜から超高級宿のスイートルームで、ふかふかのベッドと一流シェフのフルコースや! さあジーク、烈のおっちゃん、今日はもうゆっくり休むでー!」
チャチャが勝利を確信し、前金を受け取ろうと手を伸ばした、その時である。
「待て」
ジークの低く、しかしよく響く声がギルド内に落ちた。
「なんだジーク? 腹でも減ったんか? スイートルームのルームサービスで何でも頼んだるで!」
「いや。換金に時間がかかるということは、すなわち『時間が余った』ということだ」
ジークはニヤリと、戦闘狂特有の猛禽類のような笑みを浮かべ、背中の黒鋼の大槍をガシャンと鳴らした。
「つまり、金が届くまでの間……もう一度ダンジョンに潜る時間があるということだ」
「は?」
チャチャの動きがピタリと止まった。
ジークは隣の男へ視線を向ける。
「そう思わないか、烈魁皇殿? 次は第二層……いや、もっと下層まで一気に降りてみよう。まだまだ見知らぬ敵が我々を待っているはずだ!」
「無論だッ!」
烈魁皇もまた、スッと両手を構えて武術家の瞳をギラつかせた。
「我が中国拳法の技を試すには、あの程度の魔物ではまだまだ物足りんッ! 資金を待つ間の修練として、迷宮深部への再突入……私は一向にかまわんッッ!!」
「よおし! そうと決まれば善は急げだ! 行くぞチャチャ嬢! 麻袋のスペースは空にしておいたからな!」
「いざッ!!」
「え? ちょ、まっ……」
二人の巨漢は、硬直するチャチャの首根っこをひょいとつまみ上げると、疾風のような速度でギルドを飛び出していった。
「うそやろおおおおおお!? せっかくふかふかのベッドが待ってたのにィィィィ! 離せ! 離せやこの戦闘狂の脳筋ゴリラどもォォォォォォ!!」
辺境の街に、小さな案内人の悲痛な絶叫が遠ざかっていく。
王都から資金が届くまでの数日間――彼らが『底無しの迷宮』の生態系を崩壊させるまで、あとわずかであった。
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