無限の迷宮と魔物中華
翌朝。極東の辺境の街にある安宿の一室で、盛大な腹の虫の合唱が響き渡っていた。
「……はぁ。見事にスッカラカンやな」
チャチャは逆さに振っても小銭一枚落ちてこない革袋を恨めしそうに見つめた。
金貨五十枚。本来なら豪遊しても数ヶ月は暮らせる大金が、昨晩のたった一食で消滅したのだ。
「すまないチャチャ嬢。だが、身体が資本の我々にとって、食事を妥協するわけにはいかないのでね」
「左様ッ! 昨日の豚肉は少し筋が多かったが、栄養価は申し分なかったッ!」
悪気ゼロで朗らかに笑う巨漢二人を見上げ、チャチャは頭を抱えた。
「笑い事ちゃうわ! 今日の朝飯代すらないんやで!? ギルドに行くにしても、依頼の報酬がもらえるのは討伐後や! それまでどうやって……」
「金がないのであれば、食料は現地調達すればいいだけの事ッ!」
烈魁皇が力強く言い放ち、スッと立ち上がった。
「現地調達って……その辺の草でも食うンか?」
「否ッ! この島国には迷宮なる、魔物が無限に湧き出す洞窟があると聞いた。ならばそこは、我々にとって無限の食材庫に他ならんッ! 問題はないッ!」
「うむ! それは名案だ、烈魁皇殿! 美味い肉を持つ強敵が無限に湧くとは、まさに地上の楽園だな!」
魔物の巣窟をスーパーマーケットか何かと勘違いしている脳筋二人に引きずられ、チャチャは街の郊外にある『底無しの迷宮』へと連行されることとなった。
――迷宮・第一層。
薄暗い洞窟に足を踏み入れた途端、ギチギチ、グルルル、という不気味な鳴き声が無数に響き渡った。
現れたのは、鋭い鎌を持つ巨大な『キラーマンティス』の群れと、筋骨隆々の『ケイブ・ミノタウロス』たちである。その数は数十、いや百を超えている。
「ヒィィッ! いきなり魔物溜まりやんか! 逃げるでジーク!」
「逃げる必要がどこにある? 見ろチャチャ嬢、向こうから極上の食材が列をなしてやって来ているぞ」
ジークは黒鋼の大槍を優雅に構え、烈魁皇は滑らかな動作で拳法の構えをとった。
「行くぞ、烈魁皇殿!」
「応ッ!」
直後、迷宮の空気が爆発した。
「シィィッ!」
ジークが踏み込みと共に大槍を真横に薙ぐ。極限の速度と質量が乗ったその一振りは、真空の刃を生み出し、前衛のキラーマンティス十数匹を一瞬にして両断した。
「フゥンッ!」
間髪入れず、烈魁皇が跳躍。空中からミノタウロスの群れへ飛び込み、雨あられと拳の乱打を浴びせる。
「打岩ッ! 穿弓腿ッ! 浸透勁ッッ!」
分厚い筋肉と毛皮を持つミノタウロスたちが、烈魁皇の拳が触れた端から、内部の骨だけを粉砕されて次々と崩れ落ちていく。
それは戦闘というより、一方的な収穫して解体する作業そのものであった。
敵がどれだけ現れようと、二人のスタミナが底を突く気配は微塵もない。倒しても倒しても次々と湧き出すモンスターたちを、二人は息のあった連携の連撃でひたすらに粉砕し、前進していく。
圧倒的なハック&スラッシュ。
「ジーク殿! そのカマキリの鎌は良い出汁が出るッ! 傷つけずに落としていただきたい!」
「承知した! よし、ミノタウロスは血抜きが肝心だな! 槍の切先で動脈だけを的確に突こう!」
二人はただ殺すだけでなく、戦闘の中で下処理すら並行して行っていた。
その後ろを、チャチャが大きな麻袋を引きずりながら必死に追いかける。
「ひ、ヒャハハハハ! なんやこれ! 魔石やら換金アイテムが落ち放題やんけ! 拾っても拾っても追いつかへんわ! お前ら、もっとガンガン倒せやァ!」
最初は怯えていたチャチャも、無限にドロップするお宝の山を前に、完全に金持ちのメスガキと化して目をドルマークにしていた。
――それから一時間後。
迷宮の安全地帯にて。積み上げられた魔物の死骸の山と、パンパンに膨れ上がった魔石の袋を前に、烈魁皇が準備を始めていた。
彼はミノタウロスが落とした巨大な鉄盾を熱で熱し、即席の中華鍋にする。
「中国四千年の歴史には、当然ながら『魔物食』の技法も包括されているッ!」
それは流石に嘘だ。嘘だよね?
しかし、烈魁皇はミノタウロスの分厚い肉塊を空中に放り投げると、目にも止まらぬ手刀の連撃で均等な一口大に切り刻んだ。
「ミノタウロスの肉は硬いが、我が八極拳による『浸透勁』で筋繊維を内側から完全に破壊し、極限まで柔らかくしたッ! そこへキラーマンティスの鎌から取った出汁と、洞窟の薬草を合わせるッ!」
ジュワァァァァァッ!!
洞窟内に、暴力的なまでに食欲をそそる香ばしい匂いが充満する。
「完成ッ! 迷宮牛の青椒肉絲だッ!」
「おお……見事な手際だ、烈魁皇殿!」
ジークは早速取り分けられた皿を受け取り、豪快に肉を口に運んだ。
「むッ!? 美味い! 見た目は筋骨隆々なミノタウロスの肉が、口の中でとろけるようだ! それでいて脂はしつこくなく、薬草の香りが肉の旨味を極限まで引き出している!」
ジークの食レポに、チャチャの喉がゴクリと鳴る。
しかし彼女は、ふるふると首を横に振った。
「い、いやいやいや! いくらええ匂いでも、元はあのキモいバケモノやで!? お腹壊すかもしれへんし、ウチは絶対そんなゲテモノ……」
グゥゥゥゥ〜……ッ。
朝から歩き回り、アイテムを拾い集め、空腹は限界に達していた。
背に腹はかえられないと、チャチャは恐る恐る箸を伸ばし、一口サイズの肉をパクリと口に入れた。
「…………ッッッ!!!!」
瞬間、チャチャの脳内に電流が走った。
肉汁の爆弾。極限まで柔らかく叩き上げられた肉の旨味。そして未知のモンスター食材が織りなす、未知の美味。
「う……ウマァァァァァイ!!! なんやこれ、王都の高級レストランの肉より美味いやんけ!! おかわり! おっちゃん、おかわりや!!」
「いくらでも食うがいいッ! 食材は、無限に湧いてくるのだからなッ!」
「ふはははは! この迷宮というやつは、金も稼げて極上の飯も食える、まさに最高の場所だな! 腹ごしらえが済んだら、さらに下層へ向かうとしよう!」
こうして、ただひたすらに魔物を狩り、アイテムを拾い、その場で調理して食らうという、究極の永久機関が完成したのである。
迷宮の魔物たちが恐怖に震える地獄の快進撃が、今、始まった。
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