第十二章 苦悩
一方、セリア・スピカは「ザマの英雄」として帝国に凱旋した。
元老院議員に推挙された。三十一歳。銀髪は変わらないが、灰色の瞳の奥にかつてあった鋭さは、別の何かに置き換わっていた。何かを長く見つめすぎた者の、静かで深い湖のような目の色だった。
彼女は軍服を脱ぎ、白い民間の上着を身に纏って議事堂に立った。
軍の最高位に上り詰める道もあったはずだが、セリアはそれを選ばなかった。軍事力では、もはや何も解決しないと知っていたからだ。
(アニカ……私はあなたを打ち破り、帝国の英雄として迎えられました。しかし、彼らが称賛するのは『ザマの勝利』という皮に包まれた数字だけであり、私があなたとの戦いから得た『理解』には誰一人として興味を持たない。この帝国は、あなたの高潔さも、辺境の人々の苦しみも、すべて無機質な色で塗りつぶそうとしています)
元老院でのセリアの初演説は、勝利の祝辞を期待していた議員たちに冷水を浴びせるものだった。
「我々はカルタージュを服従させました。しかし、それは平和ではありません」
議場が水を打ったように静まった。
「帝国が辺境の人々に強いているのは、沈黙です。沈黙は平和ではない。沈黙は、次の爆発の予兆です」
保守派の重鎮、ルキウス・セルウィウス議員が顔を真っ赤にして立ち上がった。
「スピカ議員は、敗者に同情するのか! 帝国の寛大な処置を否定し、反乱分子を擁護する気か!」
「同情ではありません。冷徹な分析です」
セリアは毅然と言い放った。
「カルタージュの文化を圧殺し、過酷な賠償を課せば、十年後、二十年後に、より過激で絶望的な反乱が起きます。私はそれを防ぐための構造改革を提案しているのです」
「帝国の威信を傷つける発言だ!」
「威信よりも、帝国の存続を優先しています。血を流し続ける帝国に、未来はありません」
しかし、セリアの改革案は圧倒的多数で否決された。
勝者の奢りに酔う元老院にとって、セリアの言葉は不快な雑音でしかなかった。以後、彼女は政治的に孤立していった。
(アニカ。あなたが身を挺して守ろうとしたものは、この議場にはない。ここは欲望と保身の掃き溜めです。それでも、私はこの内側から帝国を変えたい。あなたを絶望させた、この冷酷な構造を打ち壊すために。それが、あなたを戦場から追い払った私にできる、唯一の贖罪なのです)
セリアの存在を持て余した保守派の政敵たちは、彼女を失脚させるべく、水面下で周辺調査を始めた。
ルキウス・セルウィウスは、私邸の密室で情報局の調査官からの報告を受けていた。
「それで? スピカの裏帳簿は見つかったのか」
セルウィウスは葉巻を燻らせながら尋ねた。
「それが……何も出ませんでした」
調査官は困惑した表情で書類をめくった。
「賄賂、横領、不正な利益供与。一切の痕跡がありません。それどころか、彼女の生活は驚くほど質素です。議員報酬の大部分は、戦没者遺族や戦争孤児の支援財団に匿名で寄付されています。自宅は郊外の小さな借家で、使用人も雇っていません」
「馬鹿な!」
セルウィウスは灰皿に葉巻を叩きつけた。
「人間には必ず欲がある! 実家のスピカ家からの資金援助はどうだ!」
「軍の急進派である姉とは路線を巡って絶縁状態にあり、実家からの支援は一クレジットたりとも受けていません。彼女は毎朝、自分で淹れた白湯を飲み、安物の合成パンを囓って議事堂へ歩いて通っています。愛人も、贅沢な趣味もありません。まるで……修道女か、殉教者のような生活です」
セルウィウスはギリッと奥歯を鳴らし、憎々しげに吐き捨てた。
「清廉潔白だと? 吐き気がする。あのような女が元老院にいるだけで、我々の立場が危うくなるのだ。どんな些細なことでもいい、必ず弱みを見つけて引きずり下ろせ!」
政敵たちは歯噛みして悔しがったが、セリアの身辺からは埃一つ出なかった。彼女には守るべき私欲が、そもそも存在しなかったのだ。
(私は孤独ではありません、アニカ。この星の空は人工的な光で濁っていますが、見上げれば、あなたが逃げ延びているであろう辺境の星々が見える。あなたがどこかで生きている。その事実だけが、私をこの腐敗した議場で立たせているのです。あなたのいる宇宙を守るために、私は戦い続けます)
しかし、政治資金や私生活からセリアを崩せなかった政敵たちは、最終的に帝国の軍諜報部を動かした。
彼らはセリアの「通信記録」の徹底的な洗い出しを行った。
汚職の証拠は出なかった。だが代わりに、不自然なデータトラフィックが浮かび上がった。セリアの個人端末から、辺境の不特定多数の座標に向けて、用途不明の高度な暗号通信が定期的に送受信されていたのだ。
暗号そのものは、当時の帝国の技術では解読不可能だった。
しかし、送受信のメタデータと、ある「重大な出来事」のタイミングが一致していることに、情報局の分析官が気づいてしまった。
——数年前、元老院の保守派が非公式に決定した「アニカ・バール暗殺計画」。
その極秘部隊が出撃する直前に、セリアの端末から異常なデータ量の暗号通信が発信されていたという事実。
それはアニカへの警告——「暗殺を計画しています。逃げてください」。
分析官がその内容こそ読めずとも、その「通信の存在とタイミング」自体が、セリアの政治生命と命を蝕む猛毒として、静かに、しかし確実に作用し始めていたのだ。




