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「今思い返しても、あれは情熱的だったなあ。あの時のステラときたら、私に抱きついたまま押し倒してきてさ。人気のない川辺とはいえ、誰かが通るかもしれないってのに、大胆なことするよな」
「そ、それで…?」
ミアがごくりと固唾をのんだ。
「ま、そのあとは想像に任せるよ。とにかくその夜を境に、私とステラの関係は変わった。旅の仲間から、恋人どうしにな」
滅んだ村から救い出してくれた恩義。武芸に秀でたカリンへの尊敬。旅をするうちに芽生えた親愛の情。それらが合わさり、いつしかステラの中で恋心に変わっていた。しかしそれを打ち明けてしまえば、カリンに嫌われてしまうかもしれない。だからステラは気持ちを押し殺していようと決めていたのだが、あの夜の悪夢が引き金となり、勢いで愛を伝えてしまった。
ステラの気持ちをカリンが受け止めてくれた瞬間、体中が熱くなったのを覚えている。ミアの治癒魔法にかけられている時の暖かさは、少しそれに似ていた。
「ステラが修行して勇者になったあと、こいつ言ったんだよ。カリンと同じ鎧が着たいって。あれ大変だったんだぞ。なんたってこの鎧特注だから、これ作った店まで戻らないといけなかった。往復で二週間かかったよ。高い金かけて馬借りてさ。もっといい鎧を買ってやるって言ったのに、同じのがいいって聞かなかった。普段は素直なくせに、あの時だけは頑固だったなあ」
「ステラ様が我儘を言うなんていつものことじゃないですか」
テーブルの下でミアの脛を蹴った。
「いった!はいカリン様、この人蹴りました。彼女として叱ってください」
「ステラが人を蹴るわけねえだろ。魔物相手には容赦ないが、人間には傷一つ付けたところを見たことない。優しい子なんだよ。なあステラ、蹴ってないよな?」
「うん」
「な、なんでぇ…。私間違ってないのに」
理不尽に対するミアの訴えは、誰にも聞き入れてもらえなかった。
「それで同じ鎧買ってやったら、子供みたいにはしゃいじゃって。今でもよく手入れされてるな。大事に着てくれてるのが伝わってくるよ」
カリンがステラの鎧を愛おしそうに撫でた。カリンの鎧はあちこち傷だらけで、泥がはねた跡などもろくに掃除されていない。一緒に旅をしていた時にカリンは言っていた。どうせ汚れるんだから、手入れなんて面倒なことはしないと。それは今でも変わらず、ステラのほうが後に買ったはずなのに、新品同様の輝きを放っている。
「そういえばステラ様ってガサツなのに、鎧を拭いている姿はよく見るなって思ってたんですよ。そっか、そういうことだったんですね。恋人からの贈り物かあ」
「私もそれ、不思議に思ってました。全てにおいて雑なステラ様が、鎧だけは大事にされてるなって」
テーブルの下でリュカの脛を強めに蹴った。
「あうっ!」
この二人、注意を払っておかないと、カリンの前で何を言うか分からない。
「お前も色々戦いを経験してきたんだろうな。最後に会ったときより、顔つきが勇者っぽくなったよ」
じっと目を覗き込んでくるカリン。その口の端に、揚げ菓子のカスが付いていた。
「食べかすついてるよ、ここに」
ステラは自分の口元を指差した。
「えっ、どこだよ」
「この辺だって」
カリンは手の甲で口を拭う。
「取れた?」
「取れてない。ああもう…」
ステラは布巾を使い、カリンの口を拭った。
「はい、綺麗になった」
「相変わらず世話焼きだなあ、ステラは」
そのやり取りを眺めるミアの口からは、ミルクが一本の筋となって零れており、リュカはどこか遠くを見る目をしていた。




