93
「ステラ様は昨晩、よく眠れたんですか?」
ふうふうと息を吹きかけ、ホットミルクを冷ます合間にミアが訊いてきた。
「んー、二時間くらいしか眠れなかった」
「へえ、珍しい。いつもは私が起こすまで爆睡してるのに。あっ、分かった。どうせ深夜にまた飲みに出かけたんでしょう?」
ステラの行動は筒抜けだった。別に隠そうともしていないが、年の離れた相手に容易く見透かされてしまうのは、年長者としての尊厳が傷つく。
「またお店で暴れたんですか」
「暴れる手前までは行ったんだが…。会いたくないやつに会っちゃってさ。そのせいですっかり酔いも覚めたよ」
「誰なんです、その人」
「…言わない」
「なにそれ。言えないような関係の人なんですか」
ミアがじっと目を覗き込んできた。詳しく話せと、その目が語りかけてくる。
「なんだ。そんな顔しても喋らないぞ」
「気になるんですけど。ステラ様の交友関係って謎ですし、その性格じゃあまり友達も出来そうにないっていうか。ましてや恋人とか、絶対にいなさそうですよね」
酷い言われようだが、確かにステラに友達と呼べる人間はいなかった。酒癖が悪く、素面でも横暴な態度を取ることが多いので、自然と人は寄り付かなくなったのだ。こうして今、パーティーを組めていることが奇跡のようなものである。
だが恋人となると…。
「な、なんで黙るんですか。まさか店で出会ったのって恋人…」
ミアが詰問しようと立ち上がりかけた時、店の奥で怒鳴り声が上がった。
「なんだよこのパン、しなっしなじゃねえか!」
テーブルを蹴って喚いている女を見て、ステラは肩を竦ませた。冷汗が止まらない。
「早く店を出よう」
「まだミルクが残って…」
ミアからホットミルクを奪い、一気に飲みほした。まだ適温まで冷めておらず、喉を熱い液体が通る感覚にむせ返る。
「ああっ、私のミルク!」
「ミルクくらいまた買ってやるから。リュカも早く。とっとと行くぞ」
リュカが食事を終えた後の食器は、綺麗に向きをそろえて並べられている。同じものを食べたはずなのに、ステラの皿の上は食べかすまみれだが、リュカの皿はまるで洗ったあとのようだ。
「何をそんなに慌てているんですか。この後に予定でも?」
「ないけど、とにかく今は店を出たい!」
ステラはリュカの陰に隠れるようにして、店の扉まで進んだ。外に出るまであと一歩というところで、パンの生地に文句を言っていた女が「あっ!」と声を上げた。
「ステラ!今度こそ本物だ!」
店員へのいちゃもんなどすっかり忘れ、女がステラに飛びついてきた。
「やっと会えた!いやー、昨日も酒場で似たようなやつに会ったんだけどさ、なんか別人だった。確かにいつもと雰囲気違ったし、酔ってんのか知らんがやさぐれてたんだよ。ステラが酒なんて飲むわけないもんな。てかマジで久しぶりじゃん。二年ぶりか?」
「…3年と4か月」
「ああ、もうそんなになるか!時が経つのは早いなぁ!」
「あの、ステラ様。この方は」
ミアが警戒心をむき出しにして、リュカの後ろから指をさした。
「カリン。私の…まあその、知り合いだよ」
「知り合い?なんでそんな他人行儀な言い方すんだよ。私たち、付き合ってんだろ?」
ステラとカリンを交互に見て、口をぱくぱくさせるミア。無言で後ずさりしながら店を出たところで、ぺたんと尻もちをついた。
「え、うそ、ほんとに恋人?いや、うん、そうですよね。別におかしくないですよ。私とリュカ様だって、そういう、関係ですし。でもステラ様が、うそ」
「んだぁ、ちっこいの。私がステラと付き合ってたらダメなのか?」
「ひぃぃ、ごめんなさい!文句とかないです!」
肉食獣のような危険な雰囲気を纏うカリンに見下され、ミアは半泣きになっていた。




