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街一つ壊滅させたからといって、罪悪感で寝付けないほどステラは繊細ではなかった。ベッドに横になると、瞼がすぐに重くなる。魔物と違って睡魔とは戦う必要がない。道中の小さな町で見つけた安宿だったので、ベッドの質は良くないが、今はこれでも十分。野宿に比べれば、屋根があるだけでもありがたい。
このまま朝まで、時間を気にせず眠ろう。そう思ってベッドに沈み込んだのだが…。
「ん…、なんだ、まだ外が暗いじゃないか。変な時間に目が覚めちゃったな」
ステラが目を覚ました時、まだ朝日は昇っておらず、それどころか月が高い位置にあった。眠っていた時間はわずか2時間ほど。熟睡できると思ったのに、変に脳が覚醒してしまった。戦いの疲れのせいだろうか。
悪い夢を見たあとのように、寝巻が汗ばんでいた。水を飲もうとベッドから降りるとき、足音を立てないように注意を払う。寝ているミアを起こしてしまうと、間違いなく不機嫌になるからだ。何度同じ失敗をしたか分からないが、睡眠中のくせに音に敏感すぎるミアのほうにも責任があると思う。
そっとつま先を床に付け、静かに立ち上がった。目を擦りながら、ぼやけた視界の中にある部屋を見渡して思い出す。
「…そうだ、私たち別室じゃん」
ステラの部屋にはベッドが一つ。ミアとリュカの姿はない。
宿に着いたとき、ミアがこう言い出したのだ。ステラ様のいびきがうるさくて眠れないのが嫌なので、お金に余裕があるなら部屋を二つ取りましょう、と。
もちろんステラは抵抗した。表向きは、睡眠中に敵襲があったら危険だからという理由にしておいたが、本当はただ寂しかっただけだ。3人で旅をしているのに、自分一人だけ別室なんて、そんな酷い仕打ちがあってなるものか。
ミアはリュカにも同意を求めた。ステラは無言の圧をかけて睨みつけたが、ミアとの板挟みにあったリュカは、申し訳なさそうに首を横に振った。こうして二部屋に分かれたというわけだ。今頃二人は部屋で何をしているというのだろう。
「まだやってる店、あるかなあ」
目がすっかり冴えてしまったので、酒でも飲みに行くことしよう。確か近くに小さな酒場があったはずだ。寝巻の上にストールを羽織っただらしない服装で、ステラは宿を出た。
深夜に起きている町の人間全員が集まっている。そう言われても不思議ではないくらい、酒場は盛り上がっていた。客と店主は顔見知りで、外からの客はステラだけらしい。髪も服装も乱れた女性が飲みに現れたことに、常連客たちは好奇の視線を向けた。
「ビールをもらおう。あと、隣のじいさんが食ってるやつ。それ美味そうだから私にも一つ」
寝起きで声が低く、若干目つきも悪いので、ステラの注文を受けた店主は怯えた様子だ。カウンターに品物を置くだけ置いて、ほかの客との会話に戻っていった。
「こんな時間にうら若き女が一人で来てるってのに、誰も声をかけようとしないのか?この町の男どもは枯れてるね。まったく情けない。あーあ、嫌になっちゃうよ。…まったくミアのやつ、なにがいびきがうるさいだ。こっちだって好きでいびきかいてるわけじゃないんだよ。自然に出るんだからしょうがないだろ。リュカだって私の味方してくれないしさぁ。最近あいつらベタベタしすぎじゃないか?そりゃあ見てる分にはいいよ。あいつら見た目はとびきりいいし、目の保養になる。だが、だが!ちょっとはこっちの気持ちも考えてもらいたいもんだね。なあ、どう思うよ?聞いてんだろ、そこのじいさん。おい目を逸らすんじゃない」
クラレーヌ家での戦いで疲弊した体に酒が染みる。あっという間に酔いが回り、溜め込んでいた2人への愚痴が零れ始めた。誰も相手にしてくれないが、それでも構わず続けていると、後ろから肩を叩かれた。
「んだぁ、うるさいから出ていけってか?」
ジョッキを叩きつけて振り返ると、ステラが普段着ているのとまったく同じデザインの鎧を身に着けた女性が、こちらを覗き込んでいた。
「もしかしてお前…ステラか?」
酔いが一気に覚めた。冷や水を浴びせられたかのように、体が冷たくなっていく。
「ち、違います!」
ステラは顔を両手で隠し、銀貨の入った袋ごとカウンターに置いて逃げ出した。最悪だ。最悪のタイミングで、会いたくない相手に出会ってしまった。




