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ドラゴンの炎は、敵を一匹残らず駆逐した。熱で溶けた甲冑は、今やただの鉛色の塊になっており、美しく剪定された動物型の生垣は灰塵と化していた。
ドラゴンが頭を低くして、頭上に乗っていたミアを下ろす。
「よっと」
ドラゴンから飛び降りたミアには、傷一つない。鷹の爪が食い込んだ箇所の服が破れているが、傷は自分で治癒したのだろう。
「よくやりましたドラゴンさん。いい子いい子」
鼻の頭を撫でられたドラゴンは無表情だが、敵意は一切感じない。
「ミア、説明してくれ。なんで君がドラゴンを従えてるんだ。ま、まさかジェイドと同じ隷属魔法の使い手か」
「違います。誰があんな悪趣味な魔法を使うもんですか」
ミアが心底不愉快だというふうに睨みつけてきた。よほど隷属魔法を低俗なものだと考えているのだろう。
「じゃあ余計に分からないんだが、なぜこのでっかい化け物は、君みたいなちっぽけな女の子の言うことに従ってるんだよ」
「それはですね…」
ミアが得意げに鼻の穴を膨らませた瞬間、呪われた状態のリュカが飛びついた。
「ミア様ぁ!助かったにゃ、ありがとうありがとう!」
頭をミアにこすり付け、喉を鳴らして甘えるリュカ。完全に飼い主とペットの構図だ。
「へぇっ!?ちょ、リュカ様、激しすぎますって。こ、こんなところで…」
「そいつ今メス猫だよ。リュカじゃない」
「だ、だとしてもこれは。いったん離れてください!」
「うにゃぁん…」
自分から離れろと言ったくせに、ミアは名残惜しそうに空を掻いた。本当はもっと抱きしめていたかったのだろう。
「それで、そこのドラゴンをミアが手懐けられた理由は?」
「この子に見覚えがありませんか?ステラ様」
「見覚え?特には…。いや待てよ。こいつ、地下闘技場でリュカが倒したドラゴンじゃないか」
一角獣との連戦にも関わらず、王子を演じていたリュカが圧倒したあのドラゴンだった。一瞬の間に翼を切られ、でかいトカゲみたいになったところを一閃。図体のわりにあっけなく倒されていた。
「こいつ死んだんじゃなかったのか」
「ほぼ死にかけでしたけど、ギリギリ息はあったんです。鷹に攫われたあと、私はしばらくクラレーヌ家の上空で振り回されたんですけど、急に飽きちゃったのか、ぽいって落とされたんですよ。幸い高度は下がってて、大きなケガもせずに着地しました。落ちたところがちょうど例の地下闘技場の近くだったんです。そこで見つけたんですよ。リュカ様との戦いの後、ろくに片付けもされてない闘技場で死を待っていたこの子を」
ミアがまた鼻の頭を撫でると、ドラゴンが鼻息を吹き出した。突風が吹きすさび、ミアの髪がぐしゃぐしゃに乱れる。
「うわ、もう…。えっと、どこまで話しましたっけ。そうそう、死にかけのこの子を見つけて放っておけなくて。僧侶の性っていうんですかね。治癒してあげようと思ったんですよ」
「いや危ないだろ。元気になられたらミアが襲われるじゃないか」
「私もそこに思い至りました。でもそれを逆手に取るのが私ですよ。ステラ様より一枚上手です」
ミアが腕を組んで眉を吊り上げた。
「いいから先を話せ」
「交換条件を持ちかけたんです。傷を治してあげるから、私の仲間を助けてって」
「ドラゴンって言葉通じるのかよ」
リュカがふんと鼻を鳴らした。
「人間だけが知的生物だと思うのは驕りにゃ。獣人だってドラゴンだって知能はある。私たち獣人みたいに言葉を話せなくても、言ってる意味くらい理解できるにゃあ」
それは初耳だった。てっきり言葉など分かっていないものとばかり思っていた。人型でない魔物を殺すとき、口汚く罵る癖がステラにはあるが、相手の表情が屈辱と怒りにゆがむのを何度か見てきた。どうりで憎しみのこもった目で睨まれたわけだ。最期に耳にするのがあんな汚い言葉では、死んでも死にきれないだろう。
「この子は快く交渉に応じてくれましたよ。賢いドラゴンさんです。あとはステラ様がご覧になった通り。お二人のピンチに颯爽と私が現れたわけです。さながらナイトのようでしたよね?」
「ミア様かっこよかったにゃあ。あの時はもうダメかと思った」
「ライオンごときにビビりやがって。このメス猫がぁ」
ミアの話によると、魔法で言うことを聞かせたわけではなく、あくまで交渉の結果だったようだ。とっさに瀕死のドラゴンを味方につけるとは、さすがの機転。パーティーで最も頭の回転が早いだけある。
「さて、ジェイドさんの様子を見に行きましょうか。まだ生きてるかどうか怪しいものですが」
ドラゴンがミアの後をついて、のしのしと歩いてきた。
「えっ、あれ付いてくんの」
「もうしばらくはお供してもらいます」




