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富豪の家というのは、やたらと無駄な装飾品を置きたがる。使いもしない甲冑を並べたがるのも、彼らの趣味なのだろう。ことクラレーヌ家においては、甲冑の数が尋常では無かった。軍隊が作れそうなほど、おびただしい数の空洞の戦士たちがいる。それらがすべて、一斉に動き出した。
「どうするんですかステラ様、囲まれましたよ!」
ミアに言われなくても、状況が絶望的なのは分かっている。生身の人間や魔物を相手にするのとはわけが違う。相手が甲冑では剣が通らないうえ、この数をリュカと2人で相手にするのは分が悪すぎた。
「どこか逃げ道はないのか」
リュカが周囲をぐるりと見まわし、首を横に振った。
「ダメです。前も後ろも甲冑でびっしり。完全に道を塞がれてます」
「仕方ない。覚悟を決めろリュカ。真っ向勝負だ。ミアは私の影に隠れてろ。あれ、ミア、どこだ?」
「ミア様?」
ミアの姿がない。
「上です、上!助けて!」
ミアの声が頭上から降ってきた。
「嘘だろ!?」
ジェイドの魔法で操られた生垣の動物は、肉食獣だけではなかった。巨大な鷹の形に剪定された生垣が、ミアの肩を掴んで舞い上がっていた。ミアと鷹は、ひな鳥と親鳥くらい大きさに差がある。
「こら、降りてこい、鳥!そいつ食っても美味くないぞ!」
「ステラ様、さっきの弓は!?」
「んなもん置いてきたに決まってるだろ!リュカこそなんか飛び道具ないのか!」
「私は剣しか使えないです!」
「ミア、とりあえず暴れろ!落ちてきたらキャッチするから」
ミアは何事か叫びながらじたばたと手足を動かしたが、肩に食い込んだ爪は剝がれない。鷹はどんどん高度を増してゆき、2階部分の開いた窓から飛び去った。
「わああぁぁぁぁぁ…」
ミアの声が遠ざかっていく。今すぐ助けに行きたいが、ステラたちは甲冑の群れに囲まれていた。
「ミ、ミア様…そんな…」
「おい、気をしっかり持て。ここで戦意喪失されたら困るんだよ!」
剣を持つリュカの腕が震えている。その顔には悲痛な表情が浮かんでおり、まるでミアがもう鳥の餌にされたかのような悲壮感が全開だ。
「あーもう!どうして君は肝心な時に使えなくなるんだ!」
「だ、だってあの嘴を見ましたか。あんなので啄まれたら、ミア様のか弱い体なんてぐちゃぐちゃに…」
「そうならないように助けに行くんだろ!」
足元にはミアの鞄が転がっていた。確かこの中には、例の呪いの道具が入っている。
「くそっ、背に腹は代えられないか。出来れば使いたくなかったが、しょうがない。おいリュカ、こっち向け」
「わっ、ステラ様なにを…」
「お前の力を借りるしかないんだよ。出てこい、メス猫!」
ミアがしっかり閉じた鍵をこじ開け、中から猫耳を取りだしてリュカに装着した。
「ふにゃあ…」
リュカは寝起きのような声を出して、手の甲で目をこすっている。ぐるぐると気持ちよさそうに喉を鳴らし、床に両手足をついて伸びをした。
「あれえ、さっき封印されたばっかりなのに。どういう風の吹きまわしにゃ?」
「お前の本体が使い物にならなくなったんだよ。恋人を攫われてな」
「ミア様が?それは大変にゃあ」
リュカはまったく大変と思っていなさそうな態度で、腕をペロペロと舐めて毛繕いを始めた。
「こいつらを倒してミアのところに行かないといけない。協力してくれ」
「まあそういうことなら…って、ちょっと待って!」
リュカが尻尾をぴんと立てて、ステラの後ろに回った。
「ら、ライオン!ライオンがいる!」
「あれは生垣が動いてるだけだ」
「でもライオンにゃ!」
リュカの耳が垂れ下がり、ガタガタと震えだした。
「私…ライオン苦手で…」
「はあ!?化け物の分際で何を言ってるんだ、同じネコ科だろ!」
「無理無理、降参!降参しますにゃ!」
なんてことだ。唯一の頼みの綱だった呪いの獣人も戦闘不能になってしまった。ステラ一人で甲冑と獣の軍隊を相手にしないといけない。
「このポンコツがぁ…」
いよいよ状況は最悪だ。武器は剣一本。対する相手は強靭な鎧と剣、それに鋭い獣の爪。足手まといになったリュカを連れてこの場を脱することは容易ではない。ステラには真っ向から突っ込む以外の選択肢は、もう残されていなかった。
「待ってろよミア。君が鳥の餌になる前に助けてやるからな」
剣を強く握り、敵の軍勢に向かって飛びこんだ。その時だった。
あたり一面を炎が焼き尽くした。皮膚が焼けるように熱い。高温で甲冑はどろどろに溶け、生垣の動物は灰となった。
「ど、ドラゴン!?なんでここに!」
全身を真っ赤なうろこに覆われたドラゴンが、天井を破壊して屋敷に降り立った。口から火を吐き、残りの軍勢を焼き尽くしていく。
「鳥の餌なんてごめんです。私はリュカ様と一生添い遂げるって決めたんですから!」
ドラゴンの頭の上には、ミアがちょこんと乗っていた。その体は、いつもより小さく見えた。




