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「ステラ様、止めを差さなくていいんですか?あの人、まだ何かしてくるかもしれませんよ。それにリュカ様を辱めた罪は重いです。ステラ様がやらないなら私が…」
「放っておいても死ぬさ。あんだけ出血してるんだ。わざわざ手を下すまでもない。魔物狩りは趣味だが、人殺しは趣味じゃないんだよ」
ダミアンに斬り落とされた腕の断面から、滝のように血が溢れて止まらない。先ほどまではしぶとく奴隷に命令を下していたジェイドも、さすがに意識が遠のいてきているようだ。
「…ふふ、待っててダミアン。今そっちに行きますわ。今度こそ2人…幸せになりましょう…」
せっかく死によって2人が分かたれたというのに、死後の世界まで追ってこられるダミアンが気の毒だ。あの世で再会できないように祈るしか、ステラにしてやられることは無かった。
「…待ちなさい、あなたたち」
もともと鋭い目つきをしていたジェイドが、さらに目を吊り上げた。
「このまま無事に…クラレーヌ家から出られると思ってますの?」
腕のリングが光った。これまでとは比べ物にならない、禍々しいオーラを放っている。
「隷属魔法だと?もう男どもは倒したはずだぞ!まさか、まだどっかに男を隠してやがるのか!」
リュカと背中合わせになり、どの方向から攻撃が来てもいいように構えた。しかし上からも横からも、敵が襲ってくる気配はない。
「あっ、あれ見てください!なにかが、なにかがこっちに向かってきます!」
ミアに言われて窓の外を見た。確かに何かとしか言いようのない緑の物体が、大挙してこちらへ向かってきている。
「いい庭師を雇っておいて…正解でしたわ」
「庭師?一体どういう意味…」
窓を割って緑の大群が入ってきた。それらは全部、四本の脚で地面を踏みしめている。
「ど、動物?いやでも、それにしては色がおかしいぞ。私には全身緑色のライオンや熊に見えるんだが、リュカにはどう見えてる?」
「私も同じです。全部肉食獣ですね」
「だよな。しかしなんだあの色。あれじゃまるで植物じゃないか」
「その通りよ、ガサツ女。あれはね、庭師に頼んで作らせた、動物型の生垣。見事なものでしょう?まるで生きてるみたい…」
「生きてるだろこれ。動いているし、今にも襲ってきそうだぞ!」
獣の形に刈られた生垣たちが一斉に唸り声を上げると、部屋中がビリビリと震えた。動きを止めたダミアンの心臓でさえも、あまりの衝撃に跳ね上がりそうな音だ。
「この数を相手にするのはいくらなんでも不利だぞ。逃げよう。ミアを背負って走れるか?」
「はい。ミア様こちらへ。私の背中に乗ってください」
「あ、いいんですか。へへ、失礼します」
危機的状況においても、リュカと密着できる喜びのほうが勝っているらしい。
「走れ!」
クラレーヌ家の敷地は広大だ。どの道を通ってここまで来たかなど覚えていないが、とにかく3人は走った。ジェイド本人は手負いのため追ってこられないが、彼女の操る生垣の獣たちが、唸り声を上げながら迫ってきた。
「…あいつら、足速くないか⁉そもそもなんで生き物じゃないくせに、動いてるんだよ!」
「わ…分かりません。っ…魔法、魔法なんじゃないですか!」
ミアを背負いながら走るリュカは、少し息が上がっている。
「もしかして私、重たいですか」
「いえ、とんでもない。軽いですよ、ミア様は」
「いやでもリュカ様、汗が」
「最近のミアはよく食べてたからな。ちょっとほっぺの辺りがふっくらしたような気がする」
「降ります、降ろしてください!」
ミアがじたばた暴れているうちに、ライオンの形に刈りこまれた生垣に追いつかれてしまった。しかし所詮は植物。剣で薙ぎ払えばすぐに形は崩れ去った。一体一体は大して強くはないが、問題はその数だ。
「これもおそらく、隷属魔法の一種なんでしょうね。ジェイドさんの魔力は強力でしたし、生垣に命を宿らせてそれに指令を出したんだと思います。私たちを倒せって」
「そんなことまで出来るのかよ。私も魔法使いに生まれたかった」
緑の獣を斬ったリュカが、ふと手を止めた。
「どうしたリュカ。顔が青ざめてるぞ」
「…ミア様の言う通りなのだとしたら、生垣以外のものも動かせるということになりませんか。例えば、そこに置いてある甲冑とか…」
リュカの言葉を聞いていたかのように、中身が空洞のはずの甲冑がこちらを向いた。ガシャンガシャンと金属がぶつかり合う音を立てながら、剣を振りかざす。
「リュカが余計なこと言うから!」
「ほんとに動くと思わないじゃないですか!」




