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「…そんな目で見ないで。嫌よダミアン。やめて、やめてやめて!」
ジェイドの懇願は、ダミアンの耳に入っていない。彼の細腕には重すぎたはずの剣を、軽々しく持ち上げている。ジェイドへの嫌悪とこれまでの怒りが、本来持っている以上の力を出させているのだろう。
「もうたくさんだ。政略結婚だからって我慢してたけど、君との婚約が嫌で嫌でしょうがなかった。誰も君みたいな女、愛さない!」
「ひっ!」
ダミアンが狙ったのは、ジェイドの顔だった。とっさに両腕で顔を覆ったジェイドだったが、怯える婚約者を見て剣を下すほど、ダミアンに温情は残っていなかった。ジェイドの片腕が、ぼとりと落ちた。
ジェイドの喉から、かすれた声が出た。想像を絶する痛みに直面した時、人間は悲鳴を上げることすらできない。そこに腕があったはずの空間を見つめるしか、出来ることはなかった。
「殺してやる…殺してやる」
片腕だけでは飽き足らず、ダミアンは残ったもう片方の腕も切り落としにかかる。その腕には、隷属の魔法が込められたリングが嵌められている。
「もう、いいですわ」
ジェイドが息も絶え絶えに言った。
「それがあなたの答えなのね、ダミアン。私を愛してないことは、十分に分かりました。いいわ、好きにして頂戴。私を切り刻んで海にでも捨てる?それとも魔物に食わせる?何をされても恨みませんわ。私はあなたにそれだけ嫌われることをしたんだもの」
ダミアンは答えない。ジェイドに言われた通り、どこから切り刻むか考えているように、剣先を首に、肩に、腹にと漂わせている。その目は冷酷でありながら、冷たい美しさを湛えていた。
「ふふ…あなたに殺されるなら本望ですわ。でもね、ダミアン」
ジェイドのリングが光った。その刹那、ダミアンの胸に矢が刺さった。
「ぐはっ!」
「あなたも道連れよ。一緒にあの世へ行きましょう、ダミアン。私たち、天上の世界で結ばれるの」
一体あの矢はどこから飛んできた?矢が放たれたと思しき方向を見ると、そこには弓を構えた若い男性の姿があった。
「どこから入ったんだ?私たちが来た時はいなかったはず」
男は2本目の矢を構え、再びダミアンに狙いを定めた。ミアもそれに気づいたらしく、「ダミアン様、逃げて!」と叫んだが、遅かった。矢は正確にダミアンの心臓を貫いた。
絶命した婚約者を前にして、ジェイドは涙と笑いを同時に漏らした。
「あははっ、これで私たち永遠に結ばれますわ!待っててダミアン、私もすぐそっちに行きますから。見てよこの血、あなたに斬られたところから出血が止まりませんわ。放っておけば、間もなく私は死にます。待ち遠しいですわね、あの世で二人きり。邪魔する者は誰もいませんわ!」
弓を構えた男が、今度はステラに狙いを定めた。
リュカとの戦いで負った傷は、まだ治療してもらっていない。矢を防ごうと剣を構えたが、少し反応が遅れてしまった。離れた距離から正確にダミアンの胸部を射た腕前だ。鎧に覆われていない箇所を狙うなど造作もないはず。心臓は鎧で覆われているが、首や顔を射られてはひとたまりもない。
矢がステラの眉間を目掛けて発射された。
「おっと」
リュカが矢を掴み、壁に向かって放り投げた。
「た、助かったぁ…。そうか、リュカは先に治癒してもらってたんだな。どうりでピンピンしてるはずだ」
「治癒の優先順位はいつだってリュカ様が先ですよ。ステラ様は頑丈なんですから、死ぬ直前まで放っておいても問題ないでしょ」
ミアが治癒魔法の光を灯らせながら、ステラにそっと触れた。
「冗談に聞こえないんだよ。私の重傷よりもリュカのかすり傷のほうが、ミアにとっては大事なんだろ」
「リュカ様のお顔も体も、国を挙げて保護すべき美しさですから」
ミアの魔法が体中に染みわたっていく。治癒魔法を受けるのはこれで何度目になるだろう。治癒してもらうたびに、ミアの魔法の質も上がっている気がする。目を閉じればそのまま眠ってしまいそうなほど、心地よい。
「しかしなんだ、あの弓矢男は。最初から部屋に潜伏してたのか?」
「いえ、おそらくあれは隷属の魔法を受けています。あの人の目、リュカ様が操られたときと同じです」
「あら、ご名答ですわ、おチビちゃん」
ダミアンの死体と交合するように覆いかぶさっていたジェイドが、リングが嵌められた腕を振った。
「私がこれまで交際してきた男性、みんなどこかへ消えたってもっぱらの噂ですのよ。私が嫌でみんな逃げ出した、なんて言われてますけど、それは嘘。全員ここにいますわよ。私の、奴隷としてね」
「まさか、あの男は昔の恋人か⁉」
「凄腕の弓使いですわ。狙った獲物は逃さない。ああ、彼だけじゃありませんわよ。私の元恋人、何人いると思ってますの?」
天井、窓の外、ベッドの下。あらゆる場所から、男が湧き出てきた。




