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「バカバカ、リュカ様のバカ!あんな女に操られてステラ様を殺そうとしたんですよ!」
「私が、ステラ様を…?」
隷属の魔法から解放され、正気を取り戻したリュカは、信じられないというふうに手を震わせた。
「ああステラ様、私はなんてことを」
「いいんだ、勝負は私の勝ちだったしな。だがキミは強いな、リュカ。まともにやり合ってたら負けていた。今後も安心してミアを任せられるよ」
ステラが差し出した手を握って立ち上がったリュカは、憑き物が落ちたような笑みを浮かべた。これにて仲間内のもめごとは一件落着、と思われたのだが…。
ミアがステラの頬を張った。
「いたっ、なんで⁉」
「リュカ様を動揺させるためとはいえ、私にキスしようとしましたよね?やめてください、ああいうのは。リュカ様の純情を弄ぶのは許しません」
「いいじゃんか、あれのおかげで勝てたんだから」
「リュカ様も!あの程度で動揺しないでくださいよ」
「す、すみません。私としたことが…へっ?」
ミアが倒れこむようにしてリュカの懐へ飛び込み、背中に手をまわして抱きついた。2人の身長差は頭2つ分くらいあるので、ミアの顔はリュカの胸元あたりに埋められている。
リュカは不器用な手つきでミアの頭を撫で、困ったように視線をさ迷わせている。
「私が好きなのは、リュカ様だけなんですから。ほかの誰かとキスしても、そんなの無効です。キスですらありません。単に唇が触れただけ。意図しない肉体的接触に過ぎません。分かりましたか?ねえ、分かりました?」
リュカの胸元に顔を埋めたまま、ミアがくぐもった声で訴えかけた。ミアの口数が増え、早口になるのは言い訳をするとき以外に、もう一つある。それは照れ隠しだ。あれだけステラにはリュカを傷つけるなと言っておいて、自分はリュカの頬を平手打ちしたのも、一種の感情表現なのかもしれない。しばらく2人の好きにさせておこう。
残る問題は、ダミアンとジェイドの2人だ。リュカとの戦いに気を取られて、ダミアンの助太刀に行くのが遅れてしまった。また厄介なことになっていないといいが。
「無事か、ダミアン。婚約者との話はついたのか?」
ステラが駆け寄った時、ダミアンとジェイドはお互いに斬り合っているわけでもなく、取っ組み合いもしていなかった。隷属の魔法でダミアンが奴隷にされている様子も窺えない。少なくとも争いの形跡は見えない。目を離している隙にどちらかが殺された、なんて事がなくて良かった。
しかし安心したのも束の間。2人の間に流れる空気がどうにも変だ。
「どうした2人とも。なんでずっと黙ってるんだよ」
ジェイドがダミアンに抱きついた。いや、違う。ジェイドの腹に、剣が突き刺さっている。リュカが持っていた、重たい剣だ。血を吐きながら倒れこんだジェイドを、ダミアンが受け止めたのだ。
「なに…これ、なんで…ダミアン、ひどいですわ…」
ジェイドが喋るたびに口から血がこぼれる。
ジェイドの体を押しのけるダミアン。その目には光がまったく無かった。だがそれは隷属の魔法によるものではない。ジェイドを見下すダミアンの瞳には、侮蔑と嫌悪以外の感情が浮かんでいなかった。




