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リングを嵌めたジェイドの手が、リュカの首を掴んだ。先ほどまでの優しくねっとりとした触り方ではなく、呼吸を止めるかのような力強さで締め上げる。
「ぐっ…うぅ…」
「やめて、リュカ様を離して!」
リュカの力なら、ジェイドの手を振りほどくなど容易なはずだ。しかしリュカはそうしない。いや、出来ないのだ。ジェイドの魔力が体に流れ、リュカから力を奪っている。
「これであなたは私のものですわ、リュカ王子」
ジェイドが手を離すと、リュカは力なく床に崩れ落ちた。
「リュカに何をした!」
「あら、ずいぶん怖い付き人もいるのね。剣なんて物騒なもの、仕舞いなさいな」
殺気だったステラに対しても、ジェイドは嘲るような表情を崩さない。よく見ると腹立つ顔をしている女だ。息をするように人を見下す人生を送ってきたのだろう。
「ステラ様、迂闊に近づくのは危険です。おそらくあいつが使った魔法は…」
「王子、靴を舐めなさい」
突然下された命令に、リュカは一切の抵抗を示さずに従った。ミアの選んだ衣装が汚れるのも厭わず、床に這いつくばる。差し出された靴に、下から上へと舌を這わせている。
「あれは隷属の魔法。術者の命令をなんでも聞いてしまうという、悪趣味な人しか使わない最悪の魔法ですよ」
ミアが吐き捨てるように言った。
「今のリュカは魔法の力で操られているというわけか。それならまあ、ギリギリ尊厳は守られてる…と言えるんだろうか」
少なくともリュカの意思で靴を舐めているわけではないということらしい。
「たとえ魔法のせいだろうと、あんなリュカ様見たくないです!」
「ふふ…、次はここに触れてもらおうかしら。王子の唇でね」
ジェイドが自分の唇に指を当て、にたりと笑みを浮かべた。
「おいおい、キスだぞミア。リュカの唇が奪われるぞ」
「わあああああああ!」
手刀で返り討ちにあったばかりだというのに、ミアは懲りずに突っ込んでいった。どうせまた、赤子のようにあしらわれて終わりだ。リュカの尊厳をこれ以上踏みにじられるのは気分が良いものではない。ここは代わりに止めに入るとしよう。
「王子、あのガサツそうな女を斬り殺しなさい」
ジェイドの命令を受けたリュカが、目にもとまらぬ速さで剣を抜き、ステラに斬りかかった。2人の剣がぶつかり合い、火花を散らす。間一髪のところでリュカの一撃を受け止めたが、あと一歩遅ければステラの体は真っ二つにされていただろう。
「くっ…リュカ、貴様ぁ…!」
操られたリュカの目は、虚空を見つめている。ステラに攻撃をしているという意識もない様子だ。
「ステラ様、危ない!」
ミアが叫び終えた頃には、リュカの斬撃が再びステラを襲っていた。絶妙に読みにくい太刀筋だ。リュカとこうして真向から戦うのは初めてだが、やはり強い。騎士団で磨かれた剣技は伊達じゃない。
「くそっ、分が悪いな。ミア、君の惚れた女はめちゃくちゃ強いぞ。正直今ビビってる」
「ステラ様がビビってるなんて普段なら聞いて笑えるんですけど、今は笑えないです。か、勝てますよね?」
「リュカを真っ二つに裂いてもいいなら…」
「いいわけないでしょうが。無傷で倒してください。リュカ様に傷一つ付けないでくださいよ」
それはかなり難しい注文だ。そもそもリュカを倒して無力化できるかも怪しい。
「ステラさん、地下闘技場で言ってましたよね。純粋な剣技の実力じゃ、絶対にリュカさんのほうが上だと。そ、それって勝てないってことじゃないですか?」
ダミアンが不安げにフードを被りなおしながら、余計な事を思い出させてきた。
「勝てないとは言ってないだろうが。勝てないかもしれない、くらいのつもりで言ったんだよ」
「でも勝率は少ないってことですよね?」
「困りますよ、勝ってください」
ダミアンとミア、2人の戦力外がうるさい。
「どいつもこいつも口だけは達者だな。ミアは自分で言ったことを忘れたのか?」
「えっと、私何か言いましたっけ」
「私は狡い手段を使うから、最終的に勝てそうだって。君はそう言ったな」
「ああ。そういえばそんな事…」
「使ってやるともさ。勝つためなら、どんな手段でもな!」




